第2話 メイドの魔王とガチ戦闘する勇者たち

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第2話 メイドの魔王とガチ戦闘する勇者たち

   真っ先に反応したのは勇者ヒロトだった。 「ドバド! 間合いを!」 「承知」  賢者は右手に握っていた杖を俄かに宙に放り、空いた両手で複雑な印を三度結ぶ。 「奄!」  ドバドの周囲にいたランダウロとセルンの姿が消え、メイドから二十メートルほど離れた位置に一瞬で短距離転送される。  発動前に転送の影響外へと飛び出ていたヒロトは腰の聖剣を抜き放ち、背後の聖女に向けて大声で叫ぶ。 「セルンは〝神聖力場〟だ! 急げ!」 「っ? ええ!」  急展開に茫然としたままだったセルンはヒロトの声に弾かれるように応じた。豊かな胸に手を当て、己が信仰する光神に向けた詩歌を捧げ始める。  効果はたちまち顕現を始め、セルンを中心に神々しい光が床に沿って広がっていく。それは闇の眷属を弱体化させ、光の使徒に加護を与える力場だ。  その間にヒロトは立ち尽くしすメイドの元へと辿り着き、無防備な首筋に向けて聖剣を振り下ろす。  カツン!  聖剣の刃は硬質な音を響かせ、メイドの首筋に届く前の空間で停止を強いられた。ヒロトはひるまずに次の斬撃を浴びせかかるが、やはり寸前の何かによって刃は弾かれた。  ふん。斬打結界か。  更にその次の斬撃を打ち込みながら、ヒロトは結界侵食(マルカジリ)のスキルで結界を喰らう靄を聖剣に纏わせ、笑みを作る。  これで終わりだなんて言ってくれるなよ? 魔王!  セルンは〝神聖力場〟を作る詩歌を捧げ終えた。  既にヒロトの元へ加勢に走ったランダウロや一足先に戦闘を始めているヒロトにも、力場の効果が及んでいることをセルンは確認する。  一方で、傍らにいる賢者の異変にようやく気が付く。前方のメイドを見据えたまま低く唸りを上げていたのだ。 「ドバド様?」  セルンの声で我に返ったドバドは、床を杖で二度突くと、クルリと回転させながら天に向かって突き上げた。  次いで、普段からは想像すらできない鬼気迫る声で叫んだ。 「聖女。力場を触媒に使う。堪えよ!」 「え? うっきゃっ!」  セルンの作った力場が凶悪な勢いでドバドへと引き込まれ始めた。  慌てて印を結び、力場の維持にセルンは注力せざるを得なくなる。眉間に皺を寄せ、歯を食いしばり、身体の内を触手が這い回り精力を強引に奪われる感覚に懸命に堪える。  あまりの仕打ちに怒りに戦慄くセルンだったが、ドバドが詠み始めた詩歌を聞き、瞬時に青ざめた。喘ぎながら傍らの賢者を制止する。 「待っって、それっ、ここで使うとっ魔王だ、けじゃない私達も消し飛っん……」  ヒロトの顔に焦りの色が滲んでいた。  結界を喰らう斬撃は既に十一を超えた。にもかかわらず、メイドの結界は消えるどころか、弱まる様子すらない。  幸いにもメイドは激しい音を立てて弾かれる斬撃を驚きの目で追うだけで反撃するどころではないらしい。  その時、勇者の背後で頼もしい声が響いた。 「ヒロト! 待たせた!」  背後を確認するまでも無く、重量感のある足運びながらも異常な速度で走り寄るランダウロだった。はち切れんばかりの筋肉をまとった脚で屈強な戦士は跳躍した。巨人殺しの大戦斧を振り上げ、雄叫びを上げる。 「うぉぉぉぉぉっ!」  ギリギリでヒロトは身を躱し、ランダウロがメイドに襲い掛かるための道筋をひらく。ランダウロは手にした大戦斧に自身の怪力を、更に唯一無二の絶対両断(エターナルディバイド)のスキルを上乗せ、振り下ろす!  望んだ一切合切を真っ二つにするスキルを前に無事な結界などはありはしない。しかも、突如現れた半裸男の卑猥な筋肉塊に仰天したメイドは完全に硬直している!  ガガヅン!  ランダウロの大戦斧までもが、メイドに届く前の空間で完全に停止させられた。  しかし、ランダウロの筋力が、絶対両断(エターナルディバイド)が、それを許さぬとばかりに抵抗する。 「ぬぅぉぉぉぁりゃあっ!」  ランダウロは渾身の力を込めて叫んだ。それは己の攻撃の完遂を確信した叫びでもあった。  バキィィン。  大戦斧が振り下ろした方の刃から順に砕け散っていった。  ランダウロは顔を歪ませ「へっえぇ?」と声を漏らし絶句した。  ヒロトはその光景に舌打ちしながらも、新たな脅威に気が付くほどには余裕があった。メイドの後背に大規模転送の気配があったのだ。 「魔王様! ご無事か!?」 「魔王さまぁぁああ!」  タナトスの第一声に続き、傍らの雑兵も叫ぶ。背後に続くはタナトスの呼びかけに、いち早く応じることが出来た魔物達。その数は二百。  魔王さま決死隊の面々だ。 「次から次へと」  ヒロトはボヤきながら、柄だけになった大戦斧を手にへたり込むランダウロを見遣る。ちっ、一芸だけの脳筋が。メンタル脆過ぎんだろ。  内心で毒づいた瞬間だった。切迫した叫びがヒロトの耳に届く。 「ヒロト様ぁっあっっ早くっ! こちらにぃっ!」  セルンが苦悶の表情を浮かべながら発した必死の警告だった。  顧みれば、傍らにいるドバドを中心に途轍もない魔力が渦巻いている。聖女の意を察し、ヒロトは思わず呟く。 「マジかよ、っざけやがって」  咄嗟にヒロトはランダウロの首根っこを掴み、一目散にドバドの元へと引き返す。 「流れよ(よどみ)。滅せよ(とが)。塵となれ(おろか)。迎えよ(あぎと)」  ドバドが詠む詩歌は淀みなく、朗々と続く。  その内容に背筋を寒くしながら、同時に胸の奥で溜る不快感のままヒロトは賢者を睨む。なんとか術の発動前にドバドとセルンの元へと戻り着いた瞬間。 「突き立て! 大地に神槍を!」  詩歌の詠み終えに呼応して周辺が瞬時に真っ白に染まる。それが、輝く光であることを直後に襲われた眩暈でヒロトは理解する。  メイドと魔物達が白に溶け込む瞬間が見えた。それぞれの今際の言葉が漏れる。 「えっえ?」 「なんだ、これは!?」  直後、肌を焼くような熱、耳をつんざく轟音、直近で渦巻く圧力に翻弄されること数十秒。今度は周囲が真っ黒な空間に囲まれていた。例外はドバドを中心とした直径五メートルほどの円の中だけ。  ヒロトはドバドを睨みつけながら問うた。 「何したんです?」 「原初と神聖、各々の力を混じらせ、焼いて祓う〝殲滅の神槍〟を突き立てた。更に発生した力を転じて異次元に繋げた。直に戻る」 「ドバド様、もっと易しくお願いできませんか?」 「魔物どもを熱処理して、燃えカスを異世界に捨てたってさ……危うく僕もそうなりかけた」  氷点下ほどにヒロトの声は冷たい。 「仕方無かった。技量看破(ノゾキアナ)で見た魔王のステータスがまるで意味を為さぬ壊れ崩れた文字だらけだったのだ」 「ステータス鑑定の妨害や偽装なんて珍しくもない」 「違う。あれは真のステータスだと我が脳髄に誓って断言する。つまり、あの魔王はこの世の計りに乗らぬ存在の可能性を示す証左なのだ。だから僅かな犠牲を惜しまず、切り札を以って当たるほか無かった」 「僅か、ね」 「ま、まあ、結果として魔王が討伐できたのですから、これでお家に帰れますわね」  重苦しい空気にセルンは努めて明るく声をあげたが効果はなかった。 「戻るぞ」  ドバドの声に遅れること数瞬して、周囲はあるべき世界へと戻った。但し、迷宮の様相は一変していた。  天を仰げば、厚く灰色が重なったの雲が見える。周辺の数十メートルが地上と筒抜けの大空洞となっていた。  周囲には何もない。異次元へと飛ばし損ねた灰色のホコリが砂漠のように積もっている。  立ち上がったヒロトは、図らずも数十メートル先にある多くの視線と目があった。さっき、大規模転送してきた魔物達だった。 「神槍とやらの影響外だったか。ランダウロさん、仕事だよ。手刀でもスキル使えるでしょ?」 「お、おお」  未だ心ここに有らずといった戦士を小突きながら、ヒロトは剣を構えた。  しかし、魔物達は勇者達など眼中に無いかの様子だ。 「魔王様……」 「魔王さまぁ」 「まおうさま、死ん……うぎゃぁぉあ」 「オオッオ、マオウ、マオウ」 「心爱的魔王陨落了」  セルンは嫌悪に満ちた表情で魔物達を見遣り蔑む。 「なんですの? あれ」 「さぁね。ちょっと片づけてくる。ドバド、転送(帰り)の準備してて」  
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