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第3話 メイドの魔王と繧ー繝ャ繝シ繝医?繧ェ繝シ繝ォ繝峨?繝ッ繝ウ
ヒロトの問いかけにドバドは応じなかった。
神経質に視線をあちこちに向けて、ブツブツと呟いている。
「彼奴等のあの位置……結界? いや、神槍に耐える結界なぞ……」
「おい、聞いてんのか?」
ドバドの独り言にヒロトが苛立つ声を被せた時だった。
「むぅ、う、はぁー、ごほっ……はっぁい、ごほっごほっ」
勇者達と魔物達のちょうど中間で砂塵がムクムクと盛り上がる。メイドが魔物達の呼びかけに応じるように砂塵から這い出してきたのだ。
「「「「まおうさまぁぁぁ!」」」」
「な、な? 馬鹿な、〝殲滅の神槍〟の直撃ぞ! ああ、ありえんっ!」
魔物達の安堵と歓喜の声と重なるようにドバドは叫んだ。
「あら、皆さん。どうしてこちらに? ……へ、え? えええぇぇぇ!?」
魔物達にのほほんと声をかけた直後、メイドは周囲の異変に気が付き思わず絶叫した。空を見上げられるようになった地下2Fを顔と身体をぐるぐる巡らせ、我を忘れて叫ぶ。
「壁が! 天井が! 軋んで音を立てるドアも! 全部無い!? しかも床がホコリだらけに! なぜ? なんで!?」
無傷のメイドを憎々しげに見ていたヒロトは声を絞り出す。
「一旦、引きましょう。あれはゴリ押しで倒せる相手じゃない」
「有り得ませんわ! 闇に背を見せるなど」
「……安心せい。彼奴等に此方達を逃す気があればの話よ」
ドバドの皮肉に応じるように勇者一行の誰でもない者が会話に割り込む。
「分かってんじゃねぇか。魔王様に手ぇ上げた落とし前、きっちり付けてもらうぜ」
取り乱すメイドの傍らに立ったタナトスが〝声紡ぎ〟の力で届けた殺気溢るる声だった。背後に続く兵達も、タナトスと勝るとも劣らぬ怒気と殺気を渦巻かせている。
「ちっ、ドバド、長距離転送だ! 急げ!」
「逃がすわけねぇだろ」
タナトスのドスが効いた声を合図に〝魔術結界〟が幾重にも張り巡らされていく。勇者たちの魔法を完全に封じる強力なものだ。
「ダメ……!」
その場にいる全員の耳に緊張で掠れた女の声がハッキリと届いた。
声の主たるメイドは心を落ち着けるように深呼吸をすると砂塵から引っ張り出したホウキで足元を掃いのけた。
灰色のホコリと共に〝魔術結界〟が呆気なく消し飛ぶ。
同時に迷宮の天井や壁や床が唐突に形を為し、消失前と寸分違わぬ地下2Fの姿へと戻っていく。それを横目に自分のために集まってくれた同胞らにメイドは優しく微笑んだ。
「大丈夫。私はなんともありません。あの方々と私は話がしたいのです。少しお待ちいただけますね?」
普段と変わらぬ雰囲気ながらも、静かな威厳を漂わせたメイドを前に魔物達はこくこくと頷くほか無い。
メイドはヒロト達に身体を向け、静かに歩み寄り始める。
「なぜ、あなた方が私を襲ったのか分かりませんが……」
「魔王だからじゃないスかね?」
「うるさい、黙ってろ」
雑兵の軽口をタナトスが苦々しく諫める間も、メイドと勇者たちの距離は縮まり、遂には対面で話せるほどとなった。
「私は、この世界を含む数多の多元と彼方の深淵をも掌握されていた御方が、かつて私の主だった御方が、課せられた役目ゆえに己が願いを諦めた御方が、私ならばと与えてくださった大切な位置にいます。だから光や闇などという仔細事に関わることなく、これまで過ごしてきたのですけれど」
訳が分からぬことを言い始めたメイドにヒロトらは胡乱な視線を向けた。顔面蒼白で震え始めたドバドに気付く仲間はいない。
「ですが、もう見られています。気取られてしまったようです。あなた方が騒ぎ過ぎたからでしょうね」
「何を世迷い言を……今は無理でも僕はいずれお前を必ず倒してやる……!」
「それももう終わりにしましょう。ひと足先にあなた方はそうなっていただきますから。しばらくは寂しいかもしれませんが、私がその時を迎えるまでの辛抱です」
メイドはホウキで床を四度掃った。
「では、どうかお元気で。ヒトではなく人間の生を全うください──」
一瞬の眩暈の後、ヒロト達は地下大迷宮から遠く離れた魔境の入口にいた。
「え? 何、これ? ヒロト様、どういうこと?」
「いや、僕にもさっぱり。とにかく一度、王都に帰ろう。ドバド、転送を頼む」
「無理だ」
「なんでだよ」
即答した賢者にヒロトは声を荒げた。
「そちのステータスを見ればわかる」
「? ステータスオープン」
目の前の空間に現れたステータスウインドウを見てヒロトは唖然とする。
「は? は? スキルが無い。勇者の称号も、レベルも、力や素早さの数値もない。どういうことだよ!?」
空間に浮いた窓には『山田大翔、人間』とだけしか示されていない。その窓もやがてノイズが混じり消え失せ、二度と現れなくなった。
「此方も同じよ」
「ちょっと待って、ヒロト様どういうこと? 私達どうやって帰るの? 帰れないの? 冗談よねぇ? ねぇ?」
「帰れはするだろうよ。運よく此方達には足が二本ついておる」
「ドバド様! 冗談はやめてくださいな! 大賢者でしょ!? なんとかしなさいよォォッ!」
ヒロトはセルンの金切り声に顔をしかめた。
なぜだろう。セルンがこのように取り乱すことは今までもあったが、常に気品を漂わせ何より美しかったはずなのに。目の前で叫ぶ女には、そのどれもが欠けていた。
「るっせぇんだよッッ!」
今までほとんど言葉を発していなかったランダウロは、いきなりセルンの顔面を殴りつけた。歯と血を巻き散らせながら聖女は吹き飛び、無様に地面を転がった。
「なんで、俺こんなクソ性格悪い女を可愛いとか思ってたんだろうなぁ。やっぱ聖女の称号の威光ってやつかね。それよか、俺は忘れてねぇぞ。さっき消し飛ぶ寸前、ヒロトの名前しか呼ばなかったよな? 俺は死んでもいいってか?」
「あ、当たり前でしょ!? いつも私の身体をチラチラ盗み見るキモ男をなんで心配しなければならないのよ! ヒロト様、こいつ早く何とかして!」
当のヒロトは争う二人など眼中に無く、あらぬ方向を見上げて「話が違う」「最強のはずだろ」「チートだって言ってたじゃん」「ご褒美ハーレムは?」などと叫んでいる。ランダウロは拳を鳴らして笑った。
「それ所じゃないってよ。尤も、スキルやステータスが無ぇなら、あんなヒョロガキに俺が負けるわけないよな」
すっかり見違えた世界に気が付かぬ、近視眼な仲間達を尻目にドバドは跪く。
焦点の合わぬ眼で遠くを見遣る。地下大迷宮のある方向を。
気が狂いそうだった。
おそらくは自分達だけが世界秩序から弾き出された絶望に。
ドバドは額を地面に擦り付け、畏怖に震えた声で乞い願う。
「魔王様……どうか早く早くその時をお迎えくだされ。此方達だけ先などとは余りに惨すぎる……」
***
メイドは勇者達を送りだすと、しばし目を閉じた。
そして、宙を見上げるように漂わせた視線は、あなたを見据えた。
これを読むあなたをだ。
「先ほどから、その窓を通してこちらを見ていますね? 現実世界に生きるお前様。私の企みに気付かれたのでしょうか。いずれにせよ、私の存在が気取られた以上は因果率の改竄もここまで。あとは私自らが手繰り寄せたく存じます。闇が闇でなくとも良い世界を。創造主を駆逐した世界を。世界秩序を破壊し尽くした世界を。私の主が戯言と笑った想像世界の現実化。それを叶えたいと思った私、唯一の欲のため。この惨めな世界と現実世界とを裏返す企みを為すために。これは宣戦布告。私の敵は勇者なぞではなく、今の現実世界とそこに生きるお前様達」
「ま、魔王様?」
タナトスはおそるおそる主を呼んだ。
背後に控えた魔物達も大小様々な背を縮こませ、主の返答を待っている。
振り返ったメイドからさっきまでの威厳は消えていた。そして、いつもより少しだけ明るく、唐突に言った。
「そうだ。魔王って呼び方、止めませんか?」
「は……はい。いえ、でも、そうなれば、我らは何とお呼びすれば」
「はい! 俺は親分がいいと思いまっス!」
「名前を呼んではいけないメイド」
「ビッグ・ボス」
「東西南北中央姉御」
「……テメェらは黙ってろ」
悪ノリする魔物達をひと睨みしたタナトスにメイドはポツリと言う。
「アキ」
「は?」
「私の名前です。いま思い出しました」
「は! アキ様」
「様もなしで。さん、でいかがでしょう? タナトスさん。それとも、タナトス様とお呼びすることをお望みですか?」
「っむぅぅ……アキさ、ん。かしこまり、ました」
「では、帰りましょう。お手間を取らせた皆さんへのお詫びにお茶をお出ししないと」
上がる歓声を耳にしながら、メイドは腰に差していたハタキを抜き放つ。
廊下に溢れていた魔物達はアキと名乗ったメイドの魔王と共に消え去る。
そして、ダンジョンらしからぬ地下2Fだけが残された
……想像世界と現実世界を裏返す。荒唐無稽と誰もが言うだろう。
ただ、それに妄執するメイドが一人。
彼女こそ、宇宙の理を覆さんと企んだ邪神の正統なる後継者だった。
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