彼女がいた日々

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「見ろー! 童貞を殺すやつぅー!」  啓二(ケイジ)の部屋へとアポなしで急に訪問してきた美子(ミコ)が、ウザめのドヤ顔スマイルとグラビアポーズを披露する。 「うわぁ! なんすかそのカッコ!」  美子が纏うニットセーターは布面積が極端に少なく、肩も脇も背中も丸見えで防寒着の機能はないに等しい。ハート型に切り抜かれた胸部から今にもこぼれそうな、自慢の巨乳がダイナミックに揺れて男心を大いに乱す。 「どうよ? どうなのよ啓二くん?」 「ヤバい! 激ヤバかもしれない!」 「えっ!? マジすかエロいっ!?」 「それを! 平気な顔で着てる美子さんの神経がっ!」  啓二の後出しツッコミに美子がシュンと肩を落とす。 「おい〜せっかく勇気だして着てあげたんだぞコレ〜。もっとあるだろ僕のためにセクシー感謝(サンクス)お姉さまとか」 「短い距離でもそのカッコでよく廊下を歩けましたね。部屋から一歩でも出たらそこはお外と同じなんですよ」 「なんだい悪いかっ!」 「心臓に悪いですっ!」  年下(ハタチ)に叱られた美子は逆ギレしてキツネ目を尖らす。青年に詰め寄るなり柔らかな兵器を押し付けまくった。 「なぁキミってばマジで私を尊敬してくれてんのか? 頭おかしいオバさんだと思って実はバカにしてない?」 「してませんよ尊敬とかイヤ嘘ですサーセンお姉さま」  啓二のフォローの甲斐(かい)もなく美子がスネて暴れ出す。30代女性による本気の駄々(ダダ)っ子モード炸裂であった。 「そんけいしろガキー! おねいさんをそんけい(しる)!」 「そういうとこですー! オトナの怒り方じゃない!」  部屋のものを投げ合ってひとしきり対決した両者は、無駄に疲れきってしまって背中を合わせてへたり込む。 「ハァハァここ暑いなぁ脱いじゃおっかなぁチラチラ」 「やめてください困りますってか悪フザケが過ぎます。独り身野郎の前であんまりにも無防備ですし迂闊(うかつ)です」  頬を赤らめた啓二が真剣な表情になって美子に語る。  彼は自分がなぜこんなに取り乱しているのかと考え、たったひとつのシンプルな答えに行き着きかけていた。 「美子さんこそ俺のこと侮ってんじゃないですかね? 俺を男だと思ってないからこんなことするんでしょ?」 「えっえっ?」 「俺って割と衝動に逆らえないタイプの人間なんです。ヘタに刺激されたら何するか自分でもわかりませんよ」 「啓二くん?」  戸惑って隙を(さら)す美子に対して啓二の行動は素早く、問答無用で強引に彼女を組み伏せてベッドに押し倒す。 「きゃあっ!」 「俺だって男なんですよ我慢(ガマン)できません」 「ちょっと待って悪かったよ啓二くん!」 「どうせ人畜無害のヘタレだからってナメてたんだな。ご期待に添えず申し訳ないですが襲わせてもらいます」  赤面してうろたえる美子が一瞬だけ視線をそらすも、すぐにキュッと閉ざした(まぶた)以外の全身のチカラを抜く。  まさにこれから起こることを覚悟したような表情だ。 「急におとなしくならないでくださいよ」  これでは攻め込んだ啓二のほうが逆に困ってしまう。そもそもがどちらから先に仕掛けたことなのだろうか。 「抵抗してくれなきゃ……もう後戻りできなくなるっ」 「いいよ戻れなくして……キミがしたいようにしてっ」  震える美子のくちびるに啓二は吸い寄せられていく。 「やっぱりだめだー! こんなのちがうー!」  ここで美子が唐突に(かぶり)を振って啓二の口を枕で塞ぐ。 「もご?」 「勢いとか成り行きじゃなくてもっとこうなんかこう、ロマンチックなのがいいっていうかそうじゃないわ! いま処女じゃなくなったらオバケ(はら)えなくなってさァ、もうキミを守れないじゃんかバカバカえっちマンー!」 「ほういうものなんれすかっ?」 「そういうもんなのハイ中止っ」  ふしだらな空気よ去れとばかりに美子は巫女(みこ)らしく、お祓い棒を振って近所迷惑も(かえり)みずキエーなどと(わめ)く。 「ハラッタマキヨッタマ! タマタマ! いやーんっ」 「つかまたサラッと祓うとか言って美子さんアナタ! あんな危ない仕事やめてくれって頼みましたよね俺! ただでさえ片目もなくしてボロボロじゃないですか! 俺のせいでこれ以上メーワクかけられませんってば!」  指摘された美子は思い出したようにハッとするなり、右目があった部分を覆う眼帯を撫でて自虐的に微笑む。 「しょうがなかろう私もめっきり祈力(きりょく)が落ちてんのさ」 「気力って? マンガでよくある謎エネルギーすか?」 「全盛期ならもっといろんな技とか使えたもんだがね、今や大嫌いな我が家の血筋頼りで無茶をやるしかない」 「お家の話? 気になるけど聞いてもいいんですか?」 「男きょうだいばっかの中で私ってば落ちこぼれでサ」 「いいえソイツらが間違ってます美子さんは強いです」  面識すらない相手側を堂々と否定してのける啓二に、少し驚くように反応した美子は笑みを持ち直して(ささや)く。 「ありがとう」  やましさを払拭した室内で美子と啓二の会話が続く。 「しっかし私が弱ってなくても最近のこの町はヤバい。ちょうどキミが越してきてから害霊(がいれい)ども勢いづいてる」 「いざとなったら俺なんか見捨てて逃げてくださいよ。家族も友達もいないから死んでも誰も悲しみませんし」 「あなたは死なないわ……私が守るもの……」 「あっ霊を祓うキャラじゃないほうのレイちゃんだ!」 「うへへ〜バレちったか既にキミこっち(ヲタク)側だねェ〜!」 「また茶化すんだよな……この人だけは……」  まったく、と継ぎかけた言葉が次の瞬間に途切れる。  闇の中で、()のように漂う己自身を啓二は認識した。  そこには、彼女がいない。  彼は叫び、孤独に震えた。
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