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仲悪い姉弟を好きって言わないと出られない部屋に入れてみた
「あれ、アタシ、さっきまで……」
目を覚ました瑠璃華が最初に目にしたのはグランドピアノ。壁の上のほうには偉人のバストアップの絵がずらりと並ぶ。
反対側の壁には黒板がある。
「アタシ、どうして学校の音楽室にいるの?」
まだぼうっとしたままドアのほうに行く。しかしいくらやっても開かない。内鍵は解除されているはずなのに。
「ちょっと、誰かいないの!」
すると、どこからかクククッと笑い声が聞こえた。
「この部屋は完全な防音。いくら鳴いても駄目さ、子ウサギくん」
瑠璃華は鋭く叫ぶ。
「どこにいるの、出てきなさい!」
すると、黒板のそばのモニターが点灯した。
仮面を被った謎の人物が映る。
その人物は加工した音声でモニター越しに話しかけてくる。
「ワタシはゲームマスター。今からキミたちにはゲームをしてもらう」
ゲーム? その言葉がまず気になった。
だがもうひとつ気になるものがある。それは……。
「キミたち、って?」
「隣にいるだろう」
ゲームマスターの指さすほうを見ると、小太りの少年が寝そべっていた。
その少年は大あくびをしながら、のそりと起きあがる。
「何してるの、瑠璃華姉」
瑠璃華は震える手でその人物を指さす。
「何でアンタがいるのよ、三千也!」
そこにいたのは瑠璃華の2歳下の弟だった。ゲームマスターは手を叩いて喜ぶ。
「大事な弟とふたりきり。これは愉快だ」
「バッカじゃないの。誰がこの悪魔の化身と一緒にいて喜ぶの」
「血を分けた姉弟が、いがみあう光景は悲しいものだ。やはりキミたちにはこのゲームが必要だ」
「ゲーム?」
「題して……」
モニターに文字が写しだされる。そこに書かれた文字を見て、瑠璃華は思わず顔をしかめた。
「す……、好きって言わないと出られない部屋、ですって!」
瑠璃華はバランスを崩してその場に尻餅をついた。下を向き、黙ってうなだれる。
だが次の瞬間、瑠璃華は立ちあがってそばにあった譜面台を掴む。そしてそれをモニターに向かってぶん投げた。
「ぎゃあっ。何をするんだー!」
「うるさいカス。国宝級美少女をくだらないことに巻きこんだ罰よ」
モニターには大きなヒビがひとつ入っただけだ。瑠璃華はチッと舌打ちをする。
窓を破って出られないかと思ったが、窓には謎の板が貼られている。コンコンと叩いてみると、案外厚みがありそうだった。
ちなみにスマートフォンは圏外。
「対策済みってわけね」
「もちろん」
「ドッキリ同好会のどこにこんな活動資金があるのかしら」
「それは……。おっと、今何て?」
瑠璃華は冷たい視線をモニターに向けた。
「アンタ、ドッキリ同好会とかいうくだらない集まりの部長でしょ。もっと言えばクラスはF組、名前は……」
ゲームマスターは突然オロオロしはじめた。
「ワタシはゲームマスター。それ以上でも以下でもない」
「教師という教師に言いつけてやる」
「その必要はない。キミたちふたりが、お互いに「好き」と伝えあう。それだけで解決する話さ」
瑠璃華は三千也に視線を送る。彼はそばのテーブルをゴソゴソ漁っているだけだった。
「何してんの三千也」
「ドーナツとクッキーが用意されてる。ドーナツは黄色いチョココーティングがされてるけど、バナナ味かな。レモン味かな」
「そんなことは聞いてない!」
三千也はドーナツをひと口かじる。お気に召す味だったようで、彼は頬を緩めた。
「だってここ学校だよ。あるていどの時間になれば警備員が見にくる。それをかいくぐって閉じこめ続けるのは無理だって」
「それまでこんなくだらない場所にいろっての?」
「お菓子食べてるときにうるさくしないで」
「アタシは帰ってやることがあるの。買ったばっかりのメイク道具試したり、推しの新着動画を観たり!」
「ふーん」
「何より、1秒でも早くアンタと一緒の空間から出たいのよ!」
瑠璃華はわざとワーワー騒いだ。三千也は食べかけのチョコマフィンを置き、目を細める。
「同感。姉ちゃんうるさくて味に集中できないし」
「今日だけは共闘させてあげる」
三千也はフーと息を吐く。
「じゃあ僕からいくよ。すきー……やき!」
「スキンケア」
「スキル」
「スキップ」
「すきっ腹」
「スキャンダル。……これくらい言えばいいかしら?」
そう言って瑠璃華がモニターのほうを見ると、ゲームマスターは首を傾げた。
「何をしている」
「好きって言いあったのよ」
「無関係な単語を言っただけだ」
「スキンケア、スキップ、スキャンダル。どれもスキという文字から始まってるけど?」
ゲームマスターは手をブンブンと左右に振った。
「心の底からの愛情が伝わらない。やり直し」
「そんなの最初に説明されてない!」
「では今からこれをルールとする。ワタシが好意を感じられた場合のみ、1回分と判断する」
「追加ルールなんて卑怯よ」
「卑怯? 褒め言葉だ。我々には己のドッキリ欲求を貫く鉄の意志が必要なのだから」
「底辺の思考回路ね」
「自分の愛情をたった2文字に託すだけ。これのどこが難しい?」
「元手となる気持ちがないことよ」
「ワタシと話しても意味はない。早くキミの愛しい弟くんと会話したまえ」
ゲームマスターは煽るように言う。
瑠璃華は三千也のいたほうを睨む。だが、そこに三千也はいなかった。
きょろきょろとあたりを見回すと、彼は何故か部屋の隅で寝転がっていた。
「アンタ、何してんの」
「買うか迷ってるゲームが入ってたから、試しにやってる」
彼は何故か携帯ゲーム機を持っていた。どうやら、お菓子と一緒に用意されていたらしい。
「何のために」
「一緒にゲームさせたいんでしょ。僕は願い下げだけど」
「大喧嘩に発展するのは確実だものね」
「瑠璃華姉、ゲームの音聞こえないからちょっと黙って」
この姉弟は本当に仲を深める気がないようだ。姉弟は部屋の隅と隅にいて、絶対に目をあわせようとしない。
瑠璃華はスマホ内に保存された写真の仕分けを行っている。これなら圏外でも可能である。
ゲームマスターはやれやれと肩をすくめた。
「対戦型ゲームで遊ぶ強制ミッションを追加するか」
瑠璃華は画面から目を離さずに行った。
「アンタの思いどおりには動かないわ。ここではアタシの主君はアタシ。アンタなんて土くれ以下の存在よ」
瑠璃華は冷たく言いはなつ。すると、ゲームに熱中していたはずの三千也がぽつりと呟いた。
「瑠璃華姉はブレないよね」
「アタシは女王さまだから」
「人の空気に流されなくて、自分を貫く。瑠璃華姉のそういうとこ、僕は好きだよ」
三千也はゲームから顔を上げ、瑠璃華を真っ直ぐ見つめて言った。彼は緩やかに、穏やかに微笑んでいる。
「三千也、アンタ……」
「瑠璃華姉は言葉は冷たいけど、本当は愛情がたくさんあるって分かってる。強くて芯があって、真っ直ぐで。いつも口にできないけど、僕は瑠璃華姉のこと大好きだよ」
「三千也……」
瑠璃華は思わず微笑んだ。
何だ、可愛いところあるじゃない。
そう思ったのも束の間――。
三千也は歯を見せ、顎を高く上げ、あざけるように鼻を鳴らした。
「僕は好きって言ったけど。瑠璃華姉は言わないの?」
「え?」
「こんな簡単な2文字も言えないの? いつも威張ってるのに変なの」
三千也は舌をべろっと出した。瑠璃華はその行動の意味をすぐに悟る。
こ、こいつ……。
「アタシを馬鹿にするために、わざと自分が先に言ったわけ?」
「本心を口にしただけだけど?」
「ムッカつくううう! ちょっとゲームマスター、今のはノーカウントよね!」
ゲームマスターは顎に手を当て、少し悩む仕草をした。
「でも具体的な好きポイントを言っていたし」
「は?」
「三千也くんのほうは好きと言った、と判断しよう」
ゲームマスターは手で丸を作ってみせた。
「違う違う! 絶対に本心じゃない! 三千也の心臓に愛情なんて1ミリリットルも流れてないわ!」
三千也はあっかんべーをして、奇妙な踊りをして煽る。
「でも1回は1回だし? ほら、早く瑠璃華姉も言ってみれば?」
「ぐううう」
「はい負けー。瑠璃華姉より僕のほうが優秀―」
瑠璃華の怒りはピークに達した。瑠璃華はそばのグランドピアノを蹴ろうと足を上げた。
しかし、寸前でゆっくり足を下ろす。そして1分かけて深呼吸を繰りかえし、落ちついた気持ちを呼びさます。
彼女の表情に一瞬、冷静さが戻る。
しかし――彼女は突然、大声を出した。
「だいたいね、三千也が全部悪いのよ。いっつもアタシの言うことなすことケチつけて。好きになる箇所が1個もないじゃない」
三千也は淡々と返す。
「大声で命令すれば弟が言うことを聞くと思うところ、浅はかだよ」
「嫌味ったらしい。謙虚さってものがないのかしら」
「嫌々媚びるよりこっちのほうが素直でいいじゃん」
「少しくらい態度を改めろって言ってんの。姉に優しくするのは弟の義務であり喜びよ」
「返報性の原理。相手にしてほしいことがあるならまず自分からやるのが鉄則でしょ」
「嫌いな相手に笑いかけるほどアタシの笑顔は安くないの。アタシの優しさがほしいなら、ダイヤモンドを持ってきなさい」
「ダイヤモンド? 鉛筆の芯と同じ炭素原子でできてるって言う?」
「みみっちい例えしかできない、嫌な口!」
「悪口と二枚舌で弟を操作しようとする姉よりマシだと思うけど」
「ちょっと、このアタシを悪く言うんじゃないわよ。この麗しいアタシを」
「麗しい? 鬱陶しいの間違いでしょ」
「やなやつ! 本当に――」
そこまで言うと、ゲームマスターは大声で笑いだした。
「それでこそワタシが本当に見たかった光景。姉弟の不仲を修復? そんなのは建前だ。ワタシはいつも偉そうなキミたちが困る姿を、高みから見下ろしたかっただけなのだ!」
すると、何故か瑠璃華も笑いだした。
「あは……アハハハ!」
「自分が情けなくて笑っているのか」
「アンタの自己紹介が面白かったの」
「何」
「まだ気づいてないの? アタシの言った言葉、よく思いだしてみなさい」
――だいたいね、三千也が悪いのよ
――いやみったらしい
――すこしくらい態度を改めなさい
――きらいな相手に笑いかけるほどアタシの笑顔は安くない
「まさか」
「その通り。アタシの言葉の最初の文字だけを拾って読めば」
「だ、い、す、き、み、ち、や。大好き三千也、だとおお!」
瑠璃華は勝ちほこったように笑う。
「さあ、言ったわよ。ここから出しなさい」
「駄目だ。気持ちがこもっていない」
「アタシはツンデレだから、怒った態度でごまかさないと言えないの」
「そんなの嘘だ」
「照れ隠しの有無を明確に証明する方法は? ないでしょ。さっさと負けを認めなさい!」
瑠璃華がキッパリ言いはなつと、モニター内のゲームマスターは「ぐううう!」とうめいた。その後、出入口で小さな音がした。
音楽室の外に出ると、ゲームマスターが立っていた。
瑠璃華は冷たく睨む。
「好きも嫌いも、その人のもの。無関係な人から勝手にジャッジされるの、アタシ心の底から嫌いなの。不愉快だったから謝ってくれる?」
「ワタシの行動だって自由のひとつだ」
「アンタ、ドッキリと称して方々に迷惑かけてるんでしょ。この間もアタシの友だちが、アンタに嫌がらせされたと言ってたわ」
「ノリの分からぬ者が悪いのだ」
瑠璃華はストレッチをするように首をぐるぐる回す。
「ところで……さっきいた部屋、何て名前だったっけ?」
「好きって言わないと出られない部屋」
「素敵な部屋に入れてくれたお礼をしなきゃ。――問題。よもぎを使った比喩も印象的な、藤原実方の短歌は何?」
「え?」
「ヒントは恋について詠んだ歌よ。さあ答えなさい」
ゲームマスターはたじろいだ。
「ワタシ、古典は苦手で」
「猿もキーボードを叩きつづければ古典の名作、ハムレットを完成させられると聞くわ。言葉なんて知らなくてもね。短歌はたった31文字なんだから、50音を片っ端から組み合わせてみればいいじゃない」
「つまり、ノーヒント?」
「このアタシを愚弄したのが悪いのよ。オーホホホ!」
その後ろで、三千也はスマホゲームをやっていた。
「部屋から出られたのは、僕の会話アシストも理由だと思うけどね……」
「何か言った?」
「ガチャ引いたらレアキャラ出た、って言ったの」
瑠璃華はフンと鼻を鳴らす。
「誉めてあげるわ。今日だけは」
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