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「ただいま」
仕事から帰った僕は上着を脱いで無造作にテーブルの上に置いた。
「ちょっと…こんなとこに置かないでよ」
妻はちょっと怒ったように上着を取り上げる。
「ごめんごめん」
僕はそう言った後、しまったと思った。
しかしもう遅かった。
なんなのだろう、女性というのはこういうことにひじょうに敏感なところがある。
「なにこれ」
上着の内ポケットに折り畳まれた手紙が入っていることに気づいたのだ。そんなところに入れたまますっかり忘れていた。見られたくないものを見られてしまった。
妻は怖いくらい冷静な顔をしている。
「見ていい?」
そう言いながらも妻は僕が返事をする前に紙を開いて読み出した。
「まあ…好きだとか可愛いとか…子供みたいな浮気ね…最低」
「いや、違うんだよ」
「何が違うのよ」
「今日は何の日か知ってる?」
「は?」
「そっちは覚えてないだろうけど、今日はね、知り合って初めてラブレターを渡した日なんだよ。で、久しぶりに渡そうかなと思ってさ、仕事中にこっそり書いてたんだ。帰ったらちゃんと清書しようと思ってたんだよ。ほんとだよ」
妻はしばらく黙ってぼうっとしていた。
「思い出したわ…字下手ね、って言ったのよね」
「そうだよ。それでも返さずにちゃんとポケットの中に入れてくれて嬉しかったんだ」
「私は文章書くのが苦手だったからな…そのかわり行動で示すタイプだった…ねえ」
「ん?」
「散歩しよう」
「え?今から?」
「いいじゃない、デートよデート。さっきは疑ったりしたからそのお詫びに手繋いであげる。ね?」
こうして僕は久しぶりに妻と散歩した。
繋いだ妻の手はしっかりと僕のポケットの中に入れて、それはそれはとても温かかかった。
THE END
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