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バリバリバリっと家を痛めつけるような音がする。
「すごい雹だね」
慌てて洗濯物を取り込む私の背後から祖母がのんびりと声をかける。
「うん」
「晴れてるのに雹って、変な天気」
祖母は動きもゆっくりで、自分の洗濯物だけを幾つか手に取った。
「お店のほうは平気?」
私は聞いた。
「誰も来ないよ。今日はもう閉めようかな」
あっけらかんと祖母が答える。祖母と一緒に大きさの異なるパンツをたたみながら私は時計を見た。
「まだ5時だよ。営業7時まででしょう?」
「誰も来やしないよ」
祖母がもう一度言った。確かにそうなのだが、店主がここまでやる気がないってどうなのだろう。
カチンッ、カチンッ。この部屋の時計は秒針が重たくて苦手。時間の大切さは知っているつもり。
雹は一瞬だった。でもこの時計の音はまるで永久。その音が響く中で女二人の僅かな洗い物をわける。私はなんでもまとめて洗ってしまえばいいと思っているが、祖母はなぜかタオル地だけ別にする。
古い畳を放置したままなので立ち上がるとイグサが脛にくっつく。東の8帖間が祖母の部屋で西側のここと同じ6帖間が私の部屋。廊下を挟んでダイニングキッチンとお風呂にトイレ。2階に全てあるのは1階が店舗だからだ。
「夕飯なににする?」
私は祖母に尋ねた。
「油っぽくないもの」
献立を考えるのは嫌いじゃない。
祖母は透析を受けているので、ある程度の制限がある。サラダや果物、ほうれん草もだめ。バナナも禁止。体にいいものと摂取していいものは別なのだ。
味付けを濃くしなければ肉も魚も食べられる。でも、おばあちゃんに煮物の味付けを任せると濃くなるので私がしている。
テレビがめっきりつまらなくなった。世の中もつまらない。
味気のない食事、変わり映えのない日常。26歳の私と70歳の祖母では趣味嗜好が異なりすぎる。
自分で望んでここに来たはずなのに、私はこの生活にすっかり飽きていた。
「飲みに行ってくる」
このところ、食事を終えると私は毎晩出かけている。
『カモメ洋品店』の看板を見上げる。ここは祖母の店だ。アーケードの中にあるが、決まりきった顔触れが生活に必要なものだけを買いに来る、地味でお洒落の欠片もない店。祖母自体が派手嫌い。昔はそれでよかったのかもしれない。ネットもなかったし、繁盛していたのだろう。だけれど、今は客が来るほうが稀なほどだ。
退屈と戦っているのは祖母も同じだろう。お金もないし、かといって店を閉めたら生きる術がない。こんなシャッターが閉じた店舗に囲まれている店を売ったとしても祖母は高級老人ホームには入れないだろう。しかも病気のこともある。
私の地元はここではない。人通りのない夜のアーケードを一人歩く。
私だって夢を見ていた。世界で戦う服飾デザイナーになるべく地元の高校を出て東京の専門学校へ進学した。
努力はしたほうだと思う。でも、自分よりできる人を見る度、私はへこたれた。打たれ弱かったのだ。デザイン画を描かなくなって、パターンナーに鞍替え。そういう作業のほうが性に合っていた。
ウエディングドレスの制作会社に就職もした。少しでも人が幸せになれる仕事を選んだのだと思う。
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