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魔王と会っちゃった
建築技術が全くないおじさんが、ひたすら筋力に物を言わせて建てた、「名状し難き砦のようなもの」に私達は案内された。
一応暖炉くらいはあったのが幸いだった。まあ煮炊きくらいするだろうしこのおじさんは。
ぼろぼろの、どっかに落ちていたのかというソファーに座らされた私は、
「粗末なスープくらいしかないが!身重に難渋しているのだろう?!」
暑苦しい心遣いが、妙にありがたくもあった。
「改めて紹介しとくわ。こいつマリウス。マリウス・ガイネウスっておっさん」
「マリウスである!」
ああそうですか。
「あら?ガイネウス?って、魔王を倒したあとで、経済協力連合にお金で溶かされちゃった人?」
確か、校長先生がそんなことを。
左様!!返答すらうるさい人だった。
「確かに!魔王討伐後!我が先祖以降の血筋は連合に金で幻惑された!しかし!私は魂に付いた脂肪を落とそうと誓い!生まれたばかりの娘を置いて!修行の旅に出たのだ!」
えー。どういえば。
すると、ンフーって嫌な吐息が漏れた。
こいつのンフーはマジでロクなことがないんだよなあ。
ピロートークでおっぱいムニムニされて、そんなこと言ってた気が。
「で?魔王討伐?修行の旅?あんた結局シトレのじいさんの計略にハマって島流しじゃんか。っていうか実に都合のいい島流しでしょ?まともに戦えば、ジークにすら勝っちゃうような実力してるのに、一旦行ったらまだまだ修行の半ばである!とか言って帰ってきやしないし。しかも、魔王討伐?こいつを見て、まだいう気?魔王、こいつの先祖、あんた討伐したって言い張ってるんだけど?」
シトレって、シトレ侯爵だったわね。っていうかお父さんより強いって。しかも、アッサリ魔王のことバラしてるしこの子。
「その通りではあるのだが!しかし!うん?!この御人が?!まさか?!」
「何だ、ゴリラの子孫か。相変わらずのゴリラっぷりだ。この伝説のいと高き魔王を討伐?そんなことが出来るのは!サクヤ様以外有り得んというのに!」
凄くカッコよく言ってそうだけど、その実凄くカッコ悪いわよ魔王。
「ああああああ!殿下!おさがりあれ!」
「マリウス。剣をお納めなさい。魔王は敵じゃないわ。どっちかっていうと、私の僕?て感じ」
誰が僕だ貴様あああああ!って魔王が怒って、マリウスさんは剣を納めていいのか考えてるようだった。
「いいから、剣を下ろしなさいマリウス。何しろ、魔王は先のクーデター騒ぎの時に、私側について戦ってくれたのよ。そん時お前、何をしてた?話くらい聞いてんでしょ?」
あ――。がっくりと、剣を取り落とした。
「まあ、あんたを王国から排除したのは、シトレのじいさんの悪だくみだったんだけど、あの時あんたが王宮にいれば、色々悩まずに済んだのよねえ?あんたとエンプがいれば、アーンスランドのおっさんなんか一捻りだったのにさ」
この王女、どこまでも意地が悪かった。
「はえ?私のお父様が?」
「ああ。エンプのご息女であるな?大きくなられた」
この人、シュンとしてる方が普通に会話出来そうね。
「思えば、エンプと語らった時のことを思い出す。あの日は、王宮の中庭で、殿下に騎士の誓いを立てたのであったな。ああだから!王国はエンプに任せておけばよいと!そう思ったのだ!」
マリウスさんは、突如立ち直った。
「ちっ。暑苦しいのは相変わらずね」
ああ、この子シュンとさせておきたかったのね。気持ちはまあ多少。
「ああしかしめでたい!こうして旧友の息女と王女殿下を我が砦に歓待出来るとは!本日の狩は身に力も入ろう!ん?そこの少女は?!何者であるか?!」
かなりの詰問ぽいのだけど、マリウスさんにとっては、「貴女はどなたでしょう?」ってレベルの会話だと思う。
「ああああ。ユノに気付いた?この子、私の友達で、魔王をホントに引きこもりにしちゃった武闘家、サクヤ・ヤマトの末裔。だって?」
ぎゃひいいいいいいい!魔王の悲鳴が、それを正解だって言っていた。
稲妻が走ったマリウスさんは、屹立してユノを間近で見降ろし、物凄い威嚇の雰囲気を醸し出していた。
凄いわね。この剣気。
あ、ユノは、のんびりお茶をすすっていた。マリウスさんを見上げながら、足をプラプラさせて。
「到底信じがたいが!この剣気に真っ向立ち向かう胆力!只者ではあるまい!しからば御免!」
マリウスさんの剣が、ユノが座っていた椅子を両断した。
「ちょ、ちょっと!マリウス!」
「お下がりあれ殿下!これは、真の猛者とは何者であるかという我が問いの答えを知り得る御人!騎士の誇りにかけて!一手ご指南願いたい!」
ああ、いきなり始まっちゃった。
まあユノに、雷鳴に驚いてお箸をとり落とすような演技を求めたって。
あの人が言ってた、エビルの本にあった逸話ね?
ここの砦は、結構広いのよね。安普請だし。
ユノは縮地で距離を開けたが、マリウスさんも縮地で追ってきていた。
え?凄いこの人やっぱり。
「ユノ!手加減してやれよ!でなきゃ死んじまうからな!」
あ、スライムは言ったが、マリウスさんカチンと来てる?
何というか、ある一定のラインを越えてしまった者達の小競り合いが、ここにはあった。
ユノの肢曲が、一瞬で百人以上のユノを生み出した。
一方マリウスさんは、一瞬目を瞑り、気合裂帛、ユノの実像を掴んで剣を振った。
ビリビリと空気が弾け、マリウスさんの剣を、ユノは腕で受け止めていた。
「おお。やるじゃねえか、あいつ」
スライムが戦闘モードで言い、アリエールは、
「何で、腕が切れませんの?」
「え?強化魔法の一種ですが、何か?」
相変わらず、魔法ですってごり押しするのね?
「えーっと、とう」
そう言って、ユノは腕を振り払い、マリウスさんの体勢が崩れた。
一瞬で背後を取ったユノは、
「とう」
眩い閃光が走り、壁が吹き飛び、マリウスさんは沈黙した。
「ふう。あんまり強かったので、流星魔法で倒しました」
起きた現象は多分、ひまわり流星拳だった。
「そんな魔法ないわよボケええええええ!」
女達は声を揃えて言った。
マリウスは、目を覚まさなかった。
「白目剥いてんじゃんか!何したユノ?!」
マリルカが言った。
「まあ気持ちは解るがよ。で?何発殴った?」
「軽くしときました。1秒間に87発でした」
普通は100発撃つ気満々だった。
「殴りすぎだああああああ!動かねえぞこいつ!」
「アリエールの回復魔法は?」
「傷は癒えましたが、目を覚ましませんわ!」
「何か、強い気つけ薬とか、置いてない?」
「このおっさん、生まれた時から薬とは無縁だったっぽいし」
あ。そこでユノは思い至った。
「ルルコットの元気ジュースなら。お願いします」
え?大丈夫?おかしかったんじゃ、ないの?
「解った。少しだけ。えい」
瓶を、マリウスさんの口に突っ込んだ。
経過を観察してるって目で、ルルコットはマリウスさんを見ていた。そして、
「ぶ、ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ!うぶわあああああああああああああああああああああああああ!!!」
目を覚ましたかはともかく、伝説の戦士の末裔が、七転八倒して苦しんでいた。
「ルルコット、何を入れましたの?ジュースに」
「ふえ?私が栽培した薬草数種と人参、その他各種成分が入ってて、疲労困憊にバッチリ効くともっぱらの噂で」
「噂じゃないですの!ちょっとだけ味見をさせなさい!」
ルルコットから、瓶を奪って一口呷った。それ大変な勇気よあんた。
「あら。味は案外まともブヒュル!」
物凄い勢いで、鼻からジュースを噴出させた、伯爵令嬢の姿があった。
「うばあああああああああああああああああああああああああ!」
「ふぎゃああああああああああああああああああああああ!!」
おっさんと令嬢が、並んで苦しんでいた。
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