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夜。
夕食後、葵は自室でスマホを見ていた。
阿部マコトのプロフィールを検索していた。
阿部マコト(本名非公開) 27歳
高校在学中、弾き語りの動画を現在所属する事務所に送ったのがきっかけで芸能界に入る。
高校三年生の時、自身が作詞作曲した『My Little Blue』がヒットし、ピアノ弾き語り歌手としてデビューする。
学業も両立し、国立大学の法学部を首席で卒業。
その後は更に活躍の場を広げ、全国ツアーなども行っている。
他の芸能人に比べ、情報が少ない気がした。
下の名前…、漢字同じだったしな…
共通点が多過ぎる…
葵は更に『My Little Blue』を検索し、マコトの弾き語り動画を観た。
高音から始まるバラードの前奏。
星がキラキラと切なく輝く様なイメージの音。
マコトの歌声も切なく高音が続く。
──大人になったら君を迎えに行くと──
──約束のキスをしたね──
──でも、君はもういない──
──君はあの夜空に輝くどの星になったの?──
──あの青い星?──
──僕の大好きな小さな君──
──出来ることなら、この手で君を抱きしめたかった──
『My Little Blue』の途中に出てくる歌詞。
大切な人が死んでしまい、その想いを綴った歌。
葵もこの歌を初めて聴いた時、涙が出てきたのを覚えている。
更に高い技術のピアノ演奏に透き通るような歌声。
突然現れた青年は、この歌で一気に人気が出てしまった。
この歌詞が実話かどうかは明かされていない。
とにかく阿部マコトは謎が多い。
しかし、何度聴いても心がグッと締め付けられる歌だった。
葵は目に浮かんだ涙を指で拭った。
ベッドに仰向けに寝転がり、小学生の頃の出来事を思い出す。
葵が小学校に入学して間もない頃。
比較的大人しい性格な葵はクラスになかなか馴染めず、その日も一人で下校しようと下駄箱で靴を履き、昇降口を出た。
ふと扉の前にヤモリがいるのを見つけた。
「ヤモリ…。死んでる?」
そのヤモリは死んでいた。
可哀想に思った葵は近くにあった木の枝を使い、ヤモリを枝の先に乗せた。
そして校庭の端っこを歩いていく。
「何してんの?」
突然後ろから男の子に声を掛けられ、驚いた葵は木の枝からヤモリを落としてしまった。
「ヤモリじゃん」
男の子は地面に落ちたヤモリを素手で拾い上げた。
「死んでるし。…お前、死んだヤモリ木の枝に乗せて、何するの?」
「……可哀想だから…お墓、作ってあげようと思ったの…」
葵は俯きながら答えた。
「ふーん…。素手で触れないのに墓作ってやるの?」
誰が見ても、木の枝に死んだヤモリを乗せている姿を見れば、触れない事くらいすぐに分かる。
「うん…」
「お前、優しいんだな。俺も手伝ってやるよ」
「えっ?」
「お前、名前は?」
「桜井葵…」
「葵ね。俺は城之内真言。二年生だ。お前、ちいせぇから一年か?」
「うん…」
「一人?友達は一緒じゃないの?」
「私…クラスの子と…なかなか上手く話が出来なくて…」
「ふーん。じゃぁ、俺が友達になってやるよ」
そう言って真言は校庭の奥の大きな木の陰まで歩いて行った。
葵も急いで後を付いていく。
「木の根元に穴掘ってさ。埋めてやろう。他の奴らに荒らされちゃうかもしれないから、墓は派手にしないで石でも置いてやれば良いよ」
「うん」
二人で穴を掘り、死んだヤモリを入れ、土を掛ける。
その上に真言が近くで拾ってきた小さな平べったい石を置いた。
「これで良しっ。なぁ、葵。明日から、俺がお前の教室に友達連れて遊びに行くから一緒に遊ぼうよ」
立ち上がった真言がニィっと笑った。
葵を小さいと言いながらも、真言も大して背は変わらなかった。
丸顔で二重の少し吊り目。
鼻はそんなに高く無かった気がした。
少し癖毛で、その前髪を掻き上げた。
これが葵と男の子、城之内真言が初めて出会った日の事だった。
それから真言は毎日の様に葵の教室に友達を連れて行った。
葵は少しずつ真言の友達と仲良くなり、それを見ていた葵のクラスメイト達が一緒に仲間に入る様になった。
お陰で葵は自然と何人ものクラスメイトと打ち解け合う事が出来る様になった。
真言と葵との仲もどんどん良くなっていく。
弁護士をしていた真言の母親は、二人暮らしの真言をいつも一人にして朝から夜遅くまで仕事をしていた。
そんな真言を葵の両親が家に呼び、いつも一緒に夕飯を食べさせてやっていた。
「おばさん。いつも俺に飯食わせてくれるお礼に、葵にピアノ教えてやるよ」
ある日真言が葵の母親に言った。
真言はピアノがとても上手だった。
葵もピアノを習っていたが、真言程上手く弾けなかった。
と言うより、真言がずば抜けてピアノの才能があっただけだ。
それから葵は学校が終わって家に帰るといつも真言と一緒にピアノを弾いた。
ピアノだけでなく、色々な遊びをしたり、たくさん話をしたり、時にはたくさんの友達と外で思い切り遊んだり、気付けば葵にとったら真言はいつも一緒にいてくれる存在になっていた。
そんな二人が成長してくうちに、お互いがお互いを想う様になっていった。
そして真言が小学六年生になり、卒業する間際。
真言が母親とアメリカへ行くことが突然の様に決まった。
「葵」
「なに?」
「キス…した事ある?」
葵の部屋で二人がお気に入りのピアノ曲、シューベルト作曲リスト編曲の『アヴェ・マリア』のCDを聴いていた時、真言が突然そんな事を聞いてきた。
「え…。…無いよ…」
葵はドキッとしながら小さな声で答えた。
「俺も無い」
真言は自信満々に答えた。
「俺さ、もうすぐアメリカ行くだろ。その前に、葵にどうしても伝えたい事があるんだ」
「……なに…?伝えたい事って…」
真言が葵をじっと見つめてきた。
ぽっちゃりした丸顔で、少し吊り目で、良く見ると茶色い瞳、決して格好良いとは言える顔では無いのに、その時の真言はとても大人びて格好良く見えた。
「俺、葵の事が好きだ」
葵は更に胸がドキドキした。
「……私も…、真言君が好き…。本当は、アメリカになんて行って欲しくない。ずっと、今までみたいに一緒にいたかったよ…」
葵は真言に自分の気持ちを伝えた。
いつもは大人しいのに、何故か真言に積極的に伝えられた。
「うん。ありがと、葵。すげぇ嬉しい。俺もこのままずっと葵と一緒にいたかった。でも、俺がアメリカから帰って来たら、必ず葵を迎えに来るからね。そして、大人になったら…、俺が葵を嫁に貰ってやる」
真言の言葉に葵は胸が締め付けられた。
小学五年生で、こんな気持ちになれるのかと思うほど、グッと締め付けられた。
「うん…。嬉しい…」
「それまで、ちゃんと待っててくれるか?」
「うん。待ってるよ」
「じゃぁ、約束のキス、しよ」
じっと自分を見つめてくる真言に恥ずかしくなり、葵は俯いてしまった。
「葵。俺を見てよ」
真言が両手で葵の頬を挟んで顔をあげさせた。
「……約束のキス、するよ?」
「……うん…」
そして真言は両手で葵の頬を挟んだまま、葵の唇に優しくキスをした。
「これで約束出来た。アメリカから手紙も書くから。そしたら寂しくないだろ?」
「うん…。私も、真言君にいっぱい手紙書くからね…。あと、アヴェ・マリアも、弾けるようにするから…」
一ヶ月程前に、たまたまテレビで流れていた曲、アヴェ・マリアを葵が気に入ってしまい、真言と葵はとても難しいその曲をどちらが先に弾けるようになるか競争する事にしていた。
「うん。俺も弾けるようにするからね。じゃ、その約束のキスもしよ」
真言はもう一度葵にキスをした。
今度は少しだけ長く。
そしてその2日後。
真言は母親とアメリカへ行ってしまった。
両親を亡くして叔母に引き取られてからも、葵はずっと真言を想い続けていた。
しかし、約束のキスをしたのに、真言は未だに迎えに来ない。
火災のせいで真言の現状も全く分からない。
真言も葵と同様、葵の居場所が分からず探しているのか、まだアメリカから帰って来ていないのかもしれない。
真言が葵との約束を忘れていない事を願いながら、葵は真言を探す方法を模索し、真言が迎えに来るのを待ち続けていた。
「真言君…」
葵は涙を浮かべ、小さく呟いた。
今日の教習所で見た阿部マコトも癖毛の金髪の前髪を掻き上げていた。
しかも『葵』と声を掛けてきた。
生年月日も同じで真言という漢字も同じだが、それだけで阿部マコトが城之内真言だという確信は出来無い。
顔の印象も真言のそれとは全く違う。
しかし、どうにかしてその真意を確認したい。
阿部マコトから葵に声を掛けてきたことが何より気に掛かっていた。
そう言えば…、隣りにいた女の人…
葵さんじゃ無いって言ってた…
気になり過ぎて眠れなくなりそうだった。
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