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葵が退院して一週間が経った。
今日は待ちに待ったマコトのライブの日だ。
昼過ぎ、家で過ごしていた葵は叔父の車で最寄り駅まで送ってもらった。
「葵ーっ!」
「杏奈っ。迎えに来てくれてありがとう」
車から降りると、杏奈が改札前から走って来た。
葵の為に杏奈がわざわざこの駅まで来てくれた。
葵のゆっくりペースに合わせ、電車を乗り継ぎ後楽園駅を目指す。
「だいぶ動けるようになったんだねぇ。凄いっ!」
電車の中で杏奈が葵の快復ぶりに驚いた。
「自力で歩けるようになれて本当に良かったよ。それに、今日の為にリハビリ頑張ってきたしねっ」
葵が微笑んだ。
「そうだよね。私も今日が来る日をずっと楽しみに仕事頑張ってきたよ」
杏奈も微笑んだ。
東京ドームに着き、葵は驚いた。
「これ…、全部グッズ買う人の列なの…?」
ドーム沿いには長蛇の列が出来ていた。
「うん。葵〜、この列に付き合ってぇ!」
「……うん…」
二人はゆっくり列の最後尾まで歩いて行く。
そして葵がまた驚いた。
「凄い…。ホテルの窓…」
葵がドームの目の前にあるホテルの客室の窓を見て足を止めた。
──マコト LOVE──
──MAKOTO──
マコトのファンが宿泊しているであろう窓に風船やボード等で飾り付けされていた。
それが何ヶ所もある。
「あれをさぁ、マコトが見てくれたら喜ぶだろうねぇ」
杏奈も窓を見上げながらニヤニヤしていた。
「そうだね…」
とにかくドーム周辺の人の多さと、グッズ売り場の列、ホテルの窓等を見て、葵はマコトの人気の凄さを実感した。
その途端、なんだか自分までドキドキしてきた。
ライブで本物の阿部マコトと会えるっ…
マコトの一ファンになった気分だった。
列に並び始めて10分程すると、葵のスマホが鳴った。
右手でバッグの小さなポケットからスマホを取り出した。
「山岸さんからだ…」
この長蛇の列で応答するのも申し訳無いと思ったが、小声で応答した。
「お疲れ様です。山岸です。川原さん、今どちらにいらっしゃいますか?」
「お疲れ様です。今、ドーム前のグッズ売り場で並んでる最中です」
「そうでしたか。もう到着していたんですね。あの、その売り場はかなり待つと思うので、後ほど関係者用のグッズ売り場に案内しますよ」
思いがけない山岸の言葉に驚いた。
「えっ?」
「開場してからになりますが、ドーム内で販売しますので」
「分かりました。ありがとうございます」
その後、山岸と落ち合う時間と場所を確認し、通話中忘れない様に杏奈にメモを取ってもらった。
山岸のお陰で長蛇の列から脱出出来、時間にゆとりが出来た。
せっかくなので目の前にある遊園地の観覧車に乗ってみた。
一番上まで来ると、人々が小さく見え、ドームの屋根も見下ろすことが出来た。
「東京ドームって、大きいねぇ…。こんな所で真言君がライブやるなんて、凄い人なんだなぁ…」
「今頃マコトの凄さに気付いたのぉ?」
呟く葵に杏奈が笑いながら突っ込んだ。
「うふふ…。うんっ。今頃」
「じゃぁ、マコトの本当の凄さ、ライブでしっかり味わいなね!」
杏奈が得意気な顔をして葵に微笑んだ。
山岸と落ち合う時間になりドームのある入口に行く。
ここは関係者しか入ることの出来ない入口の為、ほとんど人がいなかった。
中に入ると山岸が待っていた。
「川原さん、佐々木さん。お待ちしていました」
山岸は車椅子を用意していた。
「山岸さん、今日はよろしくお願いします。あの…、私、歩けるので車椅子は無くて大丈夫です」
「分かりました。マコトから念の為と言われていたので」
「すみません…」
山岸は別のスタッフに車椅子を戻しに行かせた。
「では、お席にご案内します。それと、グッズ売り場ですよね」
「はいっ」
杏奈が嬉しそうに返事をした。
「マコトからお二人にグッズ一式をプレゼントする予定ですが…」
歩きながら山岸が杏奈を見た。
「えっ!グッズ一式?本当ですかっ!」
「ええ。ですが、ファンの方は保管用や観賞用など、同じグッズを複数購入される方が多いですからね。もし複数ご希望でしたら、その分はグッズ売り場で購入して頂けますか?」
「もちろんですっ!うわぁ…。一式プレゼントしてもらえるなんて…信じられないっ」
「良かったね、杏奈」
「うんっ」
「ライブが終わった後またお迎えに上がりますので、その時にマコトの楽屋にご案内します」
「あの、私も本当に一緒に行って良いんですか?」
杏奈が興奮気味に目を輝かせた。
「マコトは佐々木さんに感謝しています。是非お礼をと言っていますので遠慮なさらずグイグイ行っちゃって下さい」
山岸の言葉に二人が笑った。
「葵〜っ!私、嬉し過ぎて…鼻血出そうなんだけどぉ…」
葵の左手を握って優しく揺さぶった。
左の肩辺りからは揺さぶられている感覚が伝わっていた。
「うふふ…。私もドキドキしてきたよ。阿部マコトのファンになっちゃったみたいっ」
「でしょっ!葵もやっとマコトの良さに気付いてくれたかぁ!」
そのやり取りを山岸が微笑んで見ていた。
「こちらがグッズ売り場です」
「空いてる…」
山岸が通路の広い部分に設置されたブースの前で止まった。
そこには数人の客しかおらず、ブース自体も小さい。
「何ヶ所かありますが、ここがお二人の席から一番近い売り場になっています」
「あの…」
杏奈が恥ずかしそうに山岸に声を掛けた。
「何でしょう」
「山岸さんが着ているスタッフTシャツって…、売ってたりしないんですかね…?」
杏奈は先程から山岸や他のスタッフが着ている黒いスタッフTシャツが気になっていた。
今年のライブロゴの他に背中には『STAFF』とマッド調の金色でプリントされている。
「あぁ…。これは…、非売品というか、本当にスタッフ用なんですが…、まだたくさんあると思うのでグッズ一式の中に何枚か入れておきますね。フリーサイズなのでサイズはこれしかありませんが…」
「ありがとうございますっ!」
杏奈の興奮が止まらない。
「では、お席にご案内します」
山岸が観客席へ入って行く。
一階の後ろの方の席だが、ステージもアリーナ席も見渡せる。
電光掲示板の下がステージになっており、その部分の観客席は潰されている。
グランドピアノの他にドラムや色々な楽器、照明やスピーカー等がステージにはセットされていた。
「では、是非ライブを楽しんでくださいね。終わりましたらこちらにお迎えに上がりますのでそのままお待ち下さい」
山岸は頭を下げて観客席から出て行った。
「今頃、真言君たち、忙しいんだろうね」
「そうだねぇ。私達の為に、最高のライブを披露するのに集中してる時間かもっ」
関係者席なので、周囲には熱狂的なファンはいないようだ。
それでも、購入したグッズを出してニコニコしながら話をしている人達も見て取れた。
「あ…。やっぱり関係者席って、有名人も来るんだね」
葵達のすぐ近くには、かなり有名な俳優が座っていた。
少しずつ人が増え始める。
間もなくライブが始まる。
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