14年前の約束

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会場の照明が調整され、暗くなった。 ざわついていた会場が一気に静かになる。 場内に重低音が響き始める。 次にドラムが鳴り響き、ステージが少しライトアップされた。 ステージの奥でドラムが演奏されていた。 歓喜の声が沸き起こる。 ドラマーもそれなりに有名人の様だ。 次にギター、サックス、アコーディオンなど数人が演奏に加わる。 そしてチェロ。 沖田桂樹だ。 少しの間、そのメンバーで演奏が続いた。 会場は盛り上がり、手拍子が響く。 そして。 ステージ下手から普通にマコトが登場した。 もっと派手な登場を想像していたので、あまりにも普通の登場過ぎて葵は目を疑った。 衣装も至ってシンプルな白いTシャツにデニム姿だ。 しかしファン達は一斉に黄色い声を上げ、物凄い盛り上がりを見せた。 マコトはアリーナ席や観客席に大きく手を振りステージ中央にあるグランドピアノまで歩いて行く。 そして椅子に座り、メンバーの演奏に加わる。 「あっ…」 その曲は葵も良く知っているマコトの代表曲の一つだった。 今までその曲をアレンジしてメンバーが演奏していた様だった。 マコトは歌うこと無くメンバーと演奏し続ける。 初っ端から物凄い盛り上がりを見せる。 関係者席の人達も立ち上がって手拍子し、杏奈も涙を浮かべてマコトを見入っていた。 そしてその一曲目が終わった。 『東京ドームへようこそーっ!こっから一気に演奏していくから、みんな付いてきてねーっ』 マコトが一言話しただけで会場からキャーキャー声が上がる。 それを無視してマコトがドラムと演奏し始めた。 もちろんマコトも歌う。 葵も知っている曲だ。 葵はマコトの演奏と歌をジッと見続けた。 テレビで観る時とノリが全く違う。 どちらかと言えば、マンションで演奏してくれた時の歌い方に近い。 緊張感が無く、親近感が湧く演奏だった。 曲はどんどん続けて演奏されていく。 途中、メンバー紹介もし、更に盛り上がって演奏は続いていく。 モニターに映るマコトは額や首から汗が流れ落ちていた。 たまに葵の知らない歌もあった。 恐らくアルバム曲だろう。 杏奈を見ると、どの曲もノリノリで、一緒に歌っている。 30分以上、ぶっ通しでマコトは歌い続けた。 『いやぁ〜っ…。気合い入れ過ぎて喉枯れそうっ』 演奏が終わり、マコトがマイクを持って立ち上がった。 やはり観客席から色々な声が飛ぶ。 『えっ?ははっ…。嘘だよぉ〜。こんなんで俺の喉が潰れるワケねぇだろっ?』 キャーキャー声が上がる。  真言君、ライブ中はこう言う喋り方するんだ… 葵に話をする時と同じ様にマコトはファン達に話をする。 『じゃぁ、次はぁ…』 マコトが桂樹の側に行き、肩を組んだ。 『桂樹とセッショーンっ!どお?みんな聴きたい?』 照れながら桂樹が笑っていた。 「桂樹ーっ!」 「聴きた〜いっ」 ファンの声が次々と聞こえてきた。 『OK!というワケでぇ、桂樹、よろしくねぇ〜』 桂樹の肩をポンポンと叩き、マコトがピアノの前へ戻った。 桂樹もピアノの近くに移動し、椅子に座る。 二人で顔を見合い、頷く。 「ワン・ツー・スリー・フォーッ」 マイクから離れた所でマコトが桂樹に合図した。 そしてピアノとチェロの演奏が同時に始まる。 ラテン系の曲調で、アップテンポでとても格好良い、やはりノリの良い音楽だ。 マコトは英語で歌い始めた。 本当にピアノとチェロだけの曲。 良くもまぁ、こんなにも沢山の曲を弾きこなし、歌っていくな。と、葵は感心していた。 そしてどの歌も本当に綺麗だし、中にはドスの効いた声で歌い上げられていく。 桂樹とのセッションが終わり、次々と他の楽器とセッションしていく。 気付けばライブが始まってから一時間以上経過していた。  もう半分過ぎちゃったんだ… ずっとこの空間にいたい。 葵はいつの間にかそう思う様になっていた。 そしてMCに入った。 『いやぁ〜…。さすがに歌い過ぎぃ。そしてこれからみんなとおしゃべりタイムでしょぉ〜?ちょっと休ませてよぉ〜』 「ダメぇ〜っ!」 「お疲れ様〜っ!」 「もっとマコトの声聴かせてぇっ!」 またファンの声が上がる。 『桂樹〜っ。ちょっと俺の代わりに喋ってくんない?』 マコトはわざと桂樹に振った。 『いやいや。これはお前のライブだろ。僕はただのサラリーマンだから無理っ』 マイクを持った桂樹が笑いながら答えた。 「桂樹の部下になりたーいっ!」 『いや、僕に部下はいないよ…。一番下のヒラ社員だから…』 桂樹の答えに会場が笑いに包まれる。 『嘘つけぇっ。桂樹さ、俺には「最短で部長になってやるっ」とか言ってるくせに、本当はやり手なんだろ〜?』 拍手が沸き起こる。 マコトのファンの中では桂樹も人気だった。 マコトの親友と言うのもあるが、マコトとは真逆の見た目と、もの静かなところ、チェロの高度な演奏技術が人気の理由の様だ。 マコトが桂樹と話を続ける。 他のメンバーにも振り、どのメンバーも喋らされていた。 その後はずっとマコトが喋り続け、ファンとの交流をしていった。 葵は家でマコトと話している様な感覚になってしまった。 後半はほとんどマコトのソロ演奏だった。 たまに少し喋り、また演奏する。 それを何度か繰り返す。 そしてライブは間もなく終了する。 『今日はみんな来てくれてありがと。じゃぁ、最後の曲は…俺のデビュー曲で締めようかなぁ』 歓喜の声と拍手が沸き起こる。 星が切なくキラキラ輝くような高音が響き始めた。 『My Little Blue』 前奏だけで葵は涙が出て来た。 以前のクリスマスの音楽番組で歌っていたアヴェ・マリアの様な、鳥肌が立ち続ける様な綺麗さ。 そして言葉に出来ない感動。 演奏が終わった時は杏奈も含め、周囲には涙を拭っている人が何人もいた。 こうしてマコトのライブはあっという間に終わってしまった。
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