14年前の約束

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ライブの感動の余韻が抜けない中、山岸が観客席に迎えに来た。 「一度ドームの外に出て、搬入口から楽屋へ入ります。少し距離があるので車椅子を用意しました。これはマコトの指示ですので」 「……分かりました…」 マコトの言う通りにして正解だった。 外はとんでも無い人混みで、この波に乗って歩くのは葵にとっては難しかっただろう。 山岸が最短ルートで搬入口まで車椅子を押し、順調に楽屋へ向かう。 狭い通路をスタッフ達が慌ただしく走り回っていた。 「私、バックヤード来るの初めて…」 杏奈が小声で葵に耳打ちした。 「うん…。私も…」 楽屋がどこなのか分からないが葵はドキドキしてきた。 本当に阿部マコトのファンになってしまった。 「着きました。まだマコトは戻っていませんが、中で待っていてください」 山岸がドアをノックして中に入るとスタッフTシャツを着た茜が他のスタッフと話をしていた。 葵たちに気付きこちらに歩いてきた。 「葵さんに杏奈さん。お久しぶり。葵さん、退院おめでとうございます」 「ありがとうございます」 「ライブ、どうだった?」 「凄く楽しくて…それに感動しちゃいました」 「そう。それは良かったわ。マコトは今シャワー浴びてるからもう少し待っててちょうだい」 「シャワー…」 反応したのは杏奈だった。 両手を頬に当て、顔を赤くした。 15分程すると、楽屋のドアが開き、何処かへ行っていた茜が入って来た。 「二人とも、マコトが来るわ」 茜がドアを開けたままにした。 そしてすぐにマコトが楽屋へ入って来た。 「葵っ!」 「真言君っ」 マコトは一目散に葵の元へ駆け寄り、抱き締めた。 マコトからフローラルの優しい香りがした。 「来てくれてありがとね…」 「うん…。私、阿部マコトのファンになっちゃった…」 「ははっ…。そりゃ嬉しいなぁ」 マコトが葵の頬にキスをして杏奈を見た。 「杏奈ちゃん。今日は葵の面倒見てくれてありがとね。それと、今ままでも葵を助けてくれたり支えてくれたりして…、本当に感謝してる。杏奈ちゃんが葵の側にいてくれたお陰で、俺も何度も救われたよ。こんなお礼しか出来ないけど、本当にありがとう」 マコトは杏奈の目の前まで行き、両手で握手をした。 「いっ…いえっ…。私の方こそ…、こんな貴重な経験させてもらえてっ…」 泣いていた。 「あ、茜っ」 マコトの一言で茜が大きな黒い袋を持ってきた。 「ライブのグッズ一式ね。スタッフTシャツ欲しかったんだってぇ?」 「あっ…。はいっ…。恥ずかしいっ…」 「そお?俺も普通に欲しいもん。部屋で着る時とか楽だしねぇ。あ、サインいる?どれでも何個でもサインするよ〜」 杏奈はあまりの嬉しさに失神しそうだった。 「うふふ…。杏奈、いっぱいサインしてもらいなよ。あ真言君。私もサイン欲しいな…」 「OK!」 マコトが杏奈と葵の目の前でグッズにサインをしていると、ドアがノックされた。 「真言〜っ」 外から男性の声がした。 「入ってぇ〜」 マコトがサインしながら返事をした。 すると桂樹が入って来た。 「沖田桂樹っ!」 杏奈が興奮して叫んだ。 「桂樹。紹介するね。こっちが葵。でぇ、葵の親友の佐々木杏奈ちゃん」 「初めまして。葵ちゃん、それと、親友の杏奈ちゃん。真言の高校時代からの親友、沖田桂樹です」 「初めまして。真言君から桂樹さんの話は聞いていました」 冷静に挨拶をする葵に対して杏奈は桂樹を見つめたまま止まった。 「生マコトに…生桂樹…」 桂樹は杏奈にニコッと笑った。 「桂樹が早く葵に会いたがっててねぇ」 「うん。葵ちゃん、退院おめでとう。それと、生きててくれて良かった。真言が葵ちゃんの調査書見て絶望のドン底に落ちて行くのをこの目で見てたからさ…。こうして再会出来て良かったよ。これからも真言の事、頼むね」 「はい…」 自分の知らないマコトの高校生時代の親友と会い、葵は時の流れを実感して言葉が詰まった。 桂樹が次に杏奈を見た。 「杏奈ちゃんも僕の事、知っててくれたんだね。ありがとう。僕はただのサラリーマンだけど、こう言う時はちょっとした人気者になれるから、まぁ…、真言には感謝だねぇ…」 桂樹が苦笑いした。 「桂樹さんは私達の中ではスターですっ!」 それだけ言うのが精一杯な程、杏奈は舞い上がっていた。 「桂樹が事務所に動画送ってなかったら今の俺はいないんだから、桂樹はこうなって当然だろ」 マコトが笑った。 マコトの希望でバックヤードのケータリングを4人で食べることにした。 そこで4人はしばらく色々と話をし、最後にみんなで写真を撮った。 杏奈はマコトと桂樹とそれぞれツーショットまで撮ってもらった。 桂樹が帰る時間になり、自然と皆が解散することになった。 マコトは葵を連れてこのままマンションへ帰る。杏奈を送ると申し出たが、杏奈は丁重に断るばかりだった。 そして山岸に連れられ楽屋を出て行った。 搬入口の出入り口に戻ると、外にはマコトのファンが大勢マコトの出待ちをしていた。 出入り口のすぐ目の前にはマコトが乗るワゴン車が待機している。 その瞬間をファン達は待っていた。 茜を先頭に搬入口の外に出る。 マコトは葵の右手を握り、ゆっくりと歩く。 「マコトーっ!」 「阿部くーんっ」 「キャーッ」 マコトを待っていたファンが一斉に騒ぎ出した。 慣れた様子でマコトは笑顔で右手を振る。 「葵、先に車に乗って待ってて」 「うん…」 マコトが葵と一緒に一度車に乗り、葵を後部座席のシートに座らせて車から降りた。 そして出来るだけ多くのファンと握手をし、サインを求めるファンに応えていく。 葵が初めて見る光景だった。 「マコトはいつもああしてファンサービスしてるのよ」 スライドドアの前に立ってマコトを待っている茜が車内に少し体を傾け葵に聞こえる様に説明した。 「凄い…。ファンの子たち…嬉しいだろうな…」 「そうね。ファンあってのマコトだからね」 茜はまた元の位置に戻った。 葵はマコトの姿をずっと見ていた。 教習所で見たように、やはり泣き出す子もいた。 マコトの人気の凄さをまた思い知らされた。  そんな阿部マコトの恋人が…私… 自然と笑みが浮かんだ。 葵にとってマコトは真言でしかなかったのに、阿部マコトにとっても、葵は特別な存在だと自負してしまう。 それが嬉しかった。 「マコト。時間よ」 茜が腕時計を見てマコトに声を掛けた。 「みんな、ありがとね。またねぇ〜」 キャーキャー言われる中、マコトが両手を振り、車に乗り込んだ。 そして車はマンションに向けて出発した。 「真言君のファンサービス、素敵だったよ」 「そお?」 「うん。そんな阿部マコトの恋人でいられることに、初めて嬉しいって感じた…」 「そうだねぇ。葵にとっては、俺は遠藤真言でしか無かったもんねぇ。でも、今日のライブでファンになったんだろ?」 「……うん…」 「じゃ、家帰ったら…特別なファンサしてやるよ…」 マコトは葵を抱き寄せてキスをした。 二時間後。 二人はベッドの中にいた。 葵とマコトは全裸で抱き合い、まったりと過ごす。 「明日で全国ツアー、終わりだね。お疲れ様、真言君」 「うん。ありがと。長かったぁ〜…」 「そうだよね。…ライブでアヴェ・マリア演奏してくれるかな?って思ってたけど…」 マコトに頭を撫でられながら葵が呟いた。 「もう、みんなの前では披露するつもり無いよ。一度だけの特別。聴きたいって声が凄過ぎて演奏しただけ。あれは葵との大切な曲だから…」 「そっか…。嬉しい…。阿部マコトのアヴェ・マリア弾き語りしてみたって言う動画が沢山出てるの知ってる?」 「あぁ。なんか、そうみたいだね。観た事は無いけど」 マコトが葵の首にキスをし始めた。 「んっ……」 「誰が弾き語りしようと、俺の演奏しか本物じゃ無い…」 「分かってるよ…。ただ、それだけ話題になってるって言いたかったの」 葵はマコトの髪に指を滑り込ませて優しく握る。 そして髪をいじる。 葵のお気に入りだった。 「弾き語りマネしてもらえるのは嬉しいけどね…」 髪をいじられながらマコトが葵の左手を掴み、股間を握らせる。 「何してるの…?」 何をしているか分かっているが、葵はわざとマコトに聞いた。 「リハビリ。俺の握れるようにね。しごけるまで出来たらもっと良いなぁ」 「うふふ…。変なリハビリ…」 葵はそのままマコトのやりたいように任せた。 麻痺した左手をマコトはいつも色々な方法で触ってくれる。 たまにマコトから喘ぎ声が漏れる。 「気持ち良いの?」 「うん。葵の左手…、最高っ…。うぅっ…」 マコトが気持ち良さそうに微笑んだ。 「動かない左手でも、真言君の役に立って良かった…」 「当たり前だろ…。さて…、そろそろ葵への特別なファンサ、始めよっかぁ〜…」 マコトの激しいキスが始まる。 その夜、葵はベッドでマコトに唯一の特別なファンサービスをしてもらった。
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