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葵が退院して一ヶ月が過ぎた。
3月10日。
今日は葵の両親の命日だ。
マコトもスケジュールを調整して一日休みを取り、葵から買い取った車に葵を乗せて神奈川の墓地へ向かう。
黒いスーツにチャコールグレーのワイシャツ。
更に濃いグレーのネクタイを締めたマコトはいつもと違うフォーマルな雰囲気だった。
小高い丘に作られた公園の様な墓地で、洋風の墓石がずらりと並んでいる。
見晴らしが良く遠くに海も見えた。
「あと少ししたらここの桜も綺麗なんだろうね」
黒い中折れ帽子を被り葵と手を繋いで墓地の通路を歩くマコトが、歩道沿いに植えられた桜の木を見上げた。
枝には沢山の蕾が開花の準備をしていた。
「毎年私もそう思ってたよ。こればっかりは仕方ないもんね」
「まぁね…」
両親の墓石の前に着き、マコトが近くの給水場で桶に水を汲みに行く。
そして墓石を二人で磨く。
左右の花立てに花を活け、墓石に線香を置く。
「お父さん、お母さん。私、真言君とまた会えたよ。今日、真言君も一緒に来てくれたんだ」
マコトが帽子を外し、墓石をジッと見た。
「おじさん、おばさん。ご無沙汰してます。まさかこんな事になってるなんて知りもしないで…、しかも…葵を見つけるのに随分時間がかかっちゃいました…。でも、これからは俺が葵を支えていきます。だから、安心して天国から見ててください」
マコトは墓石に向かって頭を下げた。
「真言君ね、阿部マコトって言う超人気のピアノ弾き語り歌手なの。凄く格好良くて相変わらずピアノ上手くて、歌も透き通る綺麗な声なんだよ。お父さんとお母さんにも聴いてもらいたかったなぁ…」
「きっと天国で聴いてくれてますよね?」
マコトが葵を抱き寄せて微笑んだ。
「うふふ…。そうだね…」
しばらく二人は黙って墓石を見つめた。
「おじさん、おばさん。俺、葵に大人になったら嫁に貰ってやるって約束したんです。もう、俺、大人でしょ?だから…、その約束を果たしたい…」
マコトが少し離れ、向き直って葵を見た。
「葵…。遅くなっちゃったけど、ちゃんと葵を迎えに来たよ」
「うん…」
マコトの真剣な顔に葵は鼓動が速くなった。
「おじさんとおばさんにも、ちゃんと聞いてもらいたい……。葵…。俺と結婚して欲しい」
マコトの言葉に心臓が跳ね上がり、一気に体が熱くなった。
体全体で脈を打っている感覚になった。
そして喉の奥がキュッと締まる。
「入籍は今すぐじゃなくて良い。まだリハビリもしていかなくちゃいけないし、仕事も復帰したばっかりだろ。だから焦らずゆっくりで良いから。…だけど、これからは…俺の家に一緒に住んでくれないか?」
マコトが今までに無いほどの真剣な表情で葵を見つめる。
その表情を見て、葵も真剣に返事をしなくてはいけないと思ったが、嬉しさと感動で胸がいっぱいになり、なかなか返事が出来ない。
「これから先も俺が葵を支えるし、これから先も葵に俺の心の支えになって欲しい。俺には葵が必要なんだ」
「真言君…」
「俺のプロポーズ、受けてくれる?」
「……はいっ…。……喜んで…」
これが精一杯の返事だった。
言葉と共に涙が溢れ出して来た。
マコトが葵に一歩近付き、指で涙を拭ってくれた。
「二人で…、幸せになろうね…」
マコトは優しく微笑んで葵を見つめた。
「うんっ…」
葵はマコトに抱きついた。
いつものようにマコトが動かない左腕を腰に回してくれた。
「葵…。愛してる…」
「うん…。ありがとう、真言君。私も…真言君を愛してる」
「うん…、ありがと…。じゃあ…、婚約のキス、しよ…」
マコトは少し屈み、葵の唇に優しくキスをした。
今までで最高のキスだった。
二人は葵の両親の前で結婚を約束した。
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