14年前の約束

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葵が退院して一ヶ月が過ぎた。 3月10日。 今日は葵の両親の命日だ。 マコトもスケジュールを調整して一日休みを取り、葵から買い取った車に葵を乗せて神奈川の墓地へ向かう。 黒いスーツにチャコールグレーのワイシャツ。 更に濃いグレーのネクタイを締めたマコトはいつもと違うフォーマルな雰囲気だった。 小高い丘に作られた公園の様な墓地で、洋風の墓石がずらりと並んでいる。 見晴らしが良く遠くに海も見えた。 「あと少ししたらここの桜も綺麗なんだろうね」 黒い中折れ帽子を被り葵と手を繋いで墓地の通路を歩くマコトが、歩道沿いに植えられた桜の木を見上げた。 枝には沢山の蕾が開花の準備をしていた。 「毎年私もそう思ってたよ。こればっかりは仕方ないもんね」 「まぁね…」 両親の墓石の前に着き、マコトが近くの給水場で桶に水を汲みに行く。 そして墓石を二人で磨く。 左右の花立てに花を活け、墓石に線香を置く。 「お父さん、お母さん。私、真言君とまた会えたよ。今日、真言君も一緒に来てくれたんだ」 マコトが帽子を外し、墓石をジッと見た。 「おじさん、おばさん。ご無沙汰してます。まさかこんな事になってるなんて知りもしないで…、しかも…葵を見つけるのに随分時間がかかっちゃいました…。でも、これからは俺が葵を支えていきます。だから、安心して天国から見ててください」 マコトは墓石に向かって頭を下げた。 「真言君ね、阿部マコトって言う超人気のピアノ弾き語り歌手なの。凄く格好良くて相変わらずピアノ上手くて、歌も透き通る綺麗な声なんだよ。お父さんとお母さんにも聴いてもらいたかったなぁ…」 「きっと天国で聴いてくれてますよね?」 マコトが葵を抱き寄せて微笑んだ。 「うふふ…。そうだね…」 しばらく二人は黙って墓石を見つめた。 「おじさん、おばさん。俺、葵に大人になったら嫁に貰ってやるって約束したんです。もう、俺、大人でしょ?だから…、その約束を果たしたい…」 マコトが少し離れ、向き直って葵を見た。 「葵…。遅くなっちゃったけど、ちゃんと葵を迎えに来たよ」 「うん…」 マコトの真剣な顔に葵は鼓動が速くなった。 「おじさんとおばさんにも、ちゃんと聞いてもらいたい……。葵…。俺と結婚して欲しい」 マコトの言葉に心臓が跳ね上がり、一気に体が熱くなった。 体全体で脈を打っている感覚になった。 そして喉の奥がキュッと締まる。 「入籍は今すぐじゃなくて良い。まだリハビリもしていかなくちゃいけないし、仕事も復帰したばっかりだろ。だから焦らずゆっくりで良いから。…だけど、これからは…俺の家に一緒に住んでくれないか?」 マコトが今までに無いほどの真剣な表情で葵を見つめる。 その表情を見て、葵も真剣に返事をしなくてはいけないと思ったが、嬉しさと感動で胸がいっぱいになり、なかなか返事が出来ない。 「これから先も俺が葵を支えるし、これから先も葵に俺の心の支えになって欲しい。俺には葵が必要なんだ」 「真言君…」 「俺のプロポーズ、受けてくれる?」 「……はいっ…。……喜んで…」 これが精一杯の返事だった。 言葉と共に涙が溢れ出して来た。 マコトが葵に一歩近付き、指で涙を拭ってくれた。 「二人で…、幸せになろうね…」 マコトは優しく微笑んで葵を見つめた。 「うんっ…」 葵はマコトに抱きついた。 いつものようにマコトが動かない左腕を腰に回してくれた。 「葵…。愛してる…」 「うん…。ありがとう、真言君。私も…真言君を愛してる」 「うん…、ありがと…。じゃあ…、婚約のキス、しよ…」 マコトは少し屈み、葵の唇に優しくキスをした。 今までで最高のキスだった。 二人は葵の両親の前で結婚を約束した。
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