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「おじさん、おばさん。今度は葵と入籍した時に報告に来ます」
「お父さん、お母さん。私、本当に幸せだよ。だから、ずっと安心して私達を見守っててね」
墓石に挨拶をし、二人はしっかり手を繋ぎ駐車場へ向かって歩き始めた。
「えっ…」
途中マコトの歩みが止まった。
マコトの視線に葵が目をやると、一人の女性が花束を持ってこちらに歩いて来る。
「真言君…」
「うん…」
マコトの母親、真奈美だった。
葵にとっては、15年ぶりの再会だ。
真奈美も二人に気付き、ハッとした表情を浮かべた。
「真言…。葵ちゃん…」
真奈美が気まずそうな顔をして呟いた。
「おばさん…」
何を話せば良いのだろう。
葵は咄嗟にそんな事が頭を過った。
しかし、それより先にマコトが真奈美に話し掛けた。
「何しに来た。今更おじさんたちの墓参りかよ…。っつーか、何で墓の場所知ってんだよ」
マコトがムッとした顔で真奈美を見た。
「……そうね…。今更…よね…」
「俺が葵を見つけたから?それで、酷い事してごめんなさいって…おじさんたちに謝りに来たワケ?」
マコトの真奈美への怒りが収まらない。
マコトは真奈美をどんどん責めていく。
「真言…」
真奈美が悲しい表情を浮かべた。
「おじさんとおばさんにどの面下げて会いに行くんだよっ!お母さんのせいでっ…、俺と葵がどれだけ苦労したか分かってんのかっ!おじさんたちだって天国で悲しんでたはずだよっ」
「真言君…」
三人の間に沈黙が走った。
冷たいのにどこか生暖かい風が三人の頬を撫でる。
「真言は知らない事けど、私は敦史さんと友理さんが亡くなったって調査報告書で知ってから、毎年命日にお墓参りに来させてもらってたの…。墓地がどこにあるのか、探すのにとても時間かかったけど…」
「……なんだよそれっ…。俺が葵の墓教えてくれって言ったら、そこまでは分からなかったっつってたろっ」
マコトが眉根を寄せた。
「ええ。あの時は本当に分からなかったのよ。でも、その後何とか探し当てたの。そして、真言には黙って…ここに来て許しを請いに毎回二人に謝り続けてた…。こんな私を許してくださいって…。出来れば…このまま二人が別々の人生を歩む事を黙認してくださいって…」
「だけど、私は真言君と再会出来ました…。毎年お墓に綺麗な花が活けてあって、誰が来てくれてるのか不思議だったんです…。おばさんだったんですね…」
葵の言葉にマコトが驚いて顔を覗き込んで来た。
「俺だけ…何も知らなかったのかよ…」
「ううん。私も不思議に思ってただけ。私が高校三年生の時からだったと思う…」
「そうね。その通りよ…。命日と言っても、葵ちゃんに出会したらマズいと思って、数前日にいつも来てた。でも、今年は何となく命日に行こうと思ってね…」
真奈美が苦笑いした。
「葵ちゃん…。あなたには…本当に酷い事をしたと思ってる。私の事、許せないでしょう…?」
葵の胸がギュッと締め付けられた。
マコトとこれだけ離れ離れになってしまった原因は、紛れもなく真奈美の調査報告書の偽造だ。
しかも父親を裏切り、その後は身勝手な理由で父親を羨み恨んだ。
そして故意に二人を離れさせた。
許せる訳がない。
「はい。許せません。だけど…、真言君を産んでくれたのはおばさんです。真言君がいなかったら、私の人生は、こんなに幸せになれなかったと思ってます。だから、真言君を産んでくれた事には感謝してます。それに、長い間…離れちゃったけど…それでもこうして再会出来た。だから…、おばさんの事は許せないけど、そんな事にこだわるつもりはありません。私はこれからも真言君とずっと一緒に生きていけるんですから」
「葵…」
「葵ちゃん。本当に、ごめんなさい…。私が真言を産んだ事に感謝されるなんて…思っても無かった…。私を許してくれなくても良い。だけど、これからも…お父さんとお母さんのお墓参りをさせてもらえないかしら…」
「この先も罪滅ぼしするつもり…ですか?」
葵も眉根を寄せて真奈美を見た。
「……恥ずかしいけど…、そう。お父さんたちだって、許してくれるとは思えないけれど…そうしないと私の心が苦しくてどうにかなってしまいそうなの…」
「また自分勝手な理由じゃねぇかよっ」
マコトが真奈美を見てため息をついた。
「一つ、聞かせてください。おばさんは、今でもお父さんの事を恨んでるんですか?」
「……いいえ…。初めから…、恨んでなんていなかったのかも知れない。でも、敦史さんが幸せな家庭を築いていた事に、ずっと羨ましいとは思ってた。それは今でも変らない。真言が葵ちゃんの家にいつも行って、葵ちゃんとどんどん仲良くなって…、真言が葵ちゃんの家族と本物の家族の様になって…。私はきっと…真言にも嫉妬していたんだわ…。それを敦史さんへの恨みにすり替えることで、母親としての正当性を保とうとしていたんだと思う…」
「自分の子供を羨み嫉妬するなんて、最低だもんな。それに比べ、昔の恋人を恨む事なんて良くある事だろ。……本っ当に情けねぇ母親だよっ…」
マコトが頭を軽く振り、またため息をついた。
「俺がどれだけお母さんに振り回されたと思ってんの?そのせいで葵だって苦しい思いしてきたんだぜ?それでおじさんたちに許しを請うなんて、調子良すぎだって思わねぇのかよ…」
「分かってるわよ…。葵ちゃん。私は真言に嫉妬して、あなたと離れさせようとしたんだわ。自分のした事は棚に上げておいて、お父さんに嫉妬していたのも…事実…。それが…私の本当の気持ち…。今までそれに気付かないフリをしてきた私を…罵って構わない。だけど、今は、本当に申し訳無い事をしたと…心から思っているの…。本当に…本当にごめんなさい…」
真奈美が深々と葵に頭を下げた。
「おばさん。頭を上げてください。お父さんを恨んでいなかったというのは信じます。羨ましく思うのも、分かる気がします。でも、謝るのはお父さんとお母さんと私だけじゃ無いんじゃいんですか?」
「………」
葵の言葉に真奈美が黙った。
マコトは眉根を寄せたままジッと真奈美を見ている。
「一番謝らなくちゃいけないのって、真言君にでしょ?おばさんは真言君に嫉妬してたのに、それに気付かないフリして、真言君を振り回した。私はそんなおばさんの方がもっと許せません」
「葵…」
葵はマコトと握っていた手に力を込めた。
葵は怒っている。
マコトにはそれが伝わっていた。
「葵ちゃんの言う通りね…」
真奈美は改めてマコトに向き直り、深呼吸した。
「真言。アメリカに連れて行った時から始まり、今日まであなたの人生を狂わせてしまった事…、本当にごめんなさい…。真言は私にとって唯一の大切な家族なのに…、それなのに…自分の我儘で真言に嫉妬し、とんでも無い事をしてしまったわ。過去を取り戻す事は出来ないけど…、これからは真言の人生の邪魔はしない。余計なお世話かもしれないけど、真言や葵ちゃんが困った事があれば、いつでも力になりたいと思ってる…。真言…。本当にごめんね…」
真奈美がマコトにも深々と頭を下げた。
「…やめろよ…。みっともねぇだろ…」
マコトは真奈美を哀れんだ目で見つめた。
「お母さんが俺と葵を故意に引き離そうとした事は、俺も許すつもりは無いよ。でも、結果的にそうなった事で俺が芸能界でやって行けるようになったのも事実だ。だから、俺も葵と同じ、もうそんな事にこだわるつもりは無い。俺のこれからの人生を邪魔しないって約束してくれるなら、俺はこれ以上何も思わないから」
「真言…」
真奈美は頭を上げ、涙を浮かべた。
「それと、おじさんとおばさんの前で、葵と結婚する約束をした。お母さんには文句言わせねぇから」
今度はマコトが葵の手をギュッと握った。
「そうだったの…。……おめでとう…」
祝える立場なのか分からず、真奈美は申し訳無さそうに呟いた。
「ありがとうございます、おばさん。私、真言君と幸せになりますから」
葵が真奈美に向かってニコッと笑った。
「それと、さっきの返事、してませんでしたよね。お父さんとお母さんのお墓参り、これからも続けてあげてください。きっと、お父さんたちは受け入れてくれるはずです。だって、おばさんが真言君のお父さんと結婚して、お父さんはきっとショックだったはずなのに、私達が小学生の時はいつも真言君を家に呼んで一緒に過ごしてたんですよ。真言君に嫉妬した事には呆れると思いますけど…、それでも、私のお父さんとお母さんは、それを理解してくれると思います」
「葵ちゃん…」
「お母さん。葵の言葉をちゃんと心に刻みつけとけよ。一生忘れんじゃねぇぞ」
「ええ。もちろんよ。敦史さんと友理さん、本当に素晴らしい娘さんを持ったものね…」
真奈美が涙を溢して微笑んだ。
「ありがとう、葵ちゃん…。事故で大変な思いしたと思うけど…、これからも真言と幸せな人生を送ってね…」
「はい」
「葵の叔父さんと叔母さんももうじき墓参りに来ると思うから、顔合わせたくないならさっさと墓参り行って来いよ…」
マコトが少しムッとしながら真奈美に教えた。
「分かったわ。じゃぁ、失礼するわね…」
真奈美は墓へ向かって歩き始めた。
「俺たちも行こ」
「うん」
マコトと葵は真奈美と反対方向の駐車場へ向かって歩き始めた。
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