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駐車場に戻り、マコトが助手席に葵を乗せる。
シートベルトを長めに引き出してやり、葵が右手だけでバックルに差し込む。
「ちゃんと差し込んだ?」
マコトの言葉に葵が少しバックルを引っ張り、きちんと装着出来ているか確認した。
「うん。大丈夫。ありがとう」
マコトと葵が車に乗る時のいつもの光景だ。
葵が一人で出来ない事や、シートベルトの様に安全面で不安がある時はマコトが必ず補助をする。
「うん」
マコトが運転席に乗り込みエンジンを掛けた。
「真言君。この後はどうしようか」
墓参りの後の事は何も決めていなかった。
マコトがわざとそうしていた。
「葵。婚約指輪、葵の好きな物、選んでくれない?」
「えっ?」
マコトの言葉に驚き、目を見開いてマコトを見た。
「プロポーズってさ、婚約指輪も一緒に渡すイメージあるじゃん。でも、俺そう言うのじゃなくて、葵と一緒に葵が気に入った指輪を買ってやりたかったんだ。だから、プロポーズだけしたの」
「そうだったんだ…」
マコトのカミングアウトが意外だった。
「あの時に指輪用意してはめて欲しかった?」
「ううん。私も真言君と同じ感じかな…。あの場で指輪貰うのも嬉しかったかもしれないけど、真言君と一緒に選ぶのはもっと嬉しい…」
葵が微笑んでマコトを見つめた。
「ははっ…。良かった、葵が俺と同じ考えで。じゃ、今から買いに行こ」
「えっ!今からっ?」
葵が更に驚く。
「何かダメな理由ある?俺は出来れば今日買いたい」
「……ダメじゃ…無いけど…。あまりにも急でビックリしちゃった…」
「なら良いよね?ブランドとか葵の好きな店で良いからね〜」
「うん…。……信じられないけど…、ワクワクしてきたっ」
「よしっ。じゃ、出発〜っ」
マコトは車を発進させた。
数時間後。
二人は都内の高級ジュエリーブランドの店内にいた。
葵の好きなブランドも特に無く、マコトが何となく雰囲気で良さ気な店を選んでくれた。
店員たちは突然のマコトの来店に驚き、対応は店長がしてくれた。
他の客も信じられない顔でマコトと葵を見ていた。
周りにいる人達は二人が婚約指輪を選んでいると言う事を分かっていた。
もう、隠す必要も何も無い。
二人は堂々と真剣に指輪を選ぶ。
「葵はちっちぇーから、あんまりダイヤがデカイのも似合わなそうだねぇ…」
「うん…。あんまり『ダイヤですっ』ぽいのは私も苦手だな…」
しかし、葵はそれよりも金額に驚いていた。
婚約指輪は給料の三ヶ月分と昔どこかで聞いたことがあった。
マコトの給料三ヶ月分はいくらなのだろう。
どの指輪も桁違いの金額だった。
「どした?」
少し緊張している葵に気付き、マコトが葵の顔を覗き込んで来た。
「真言君…。金額が…」
葵が店員たちに聞こえないくらいの声でマコトに耳打ちした。
「あぁ。気にすんな。ここの店の指輪なら、どれでも大丈夫だから。本当に気に入った物を選んでよ」
「えっ…」
ざっと見る限り、一番安くても300万円は超えていた。
「私の車を買い取ってくれたばっかりでしょ…」
「俺を誰だと思ってんの?」
ポンっとマコトが葵の頭の上に手を乗せた。
「……阿部マコト…」
「で?どれか気になったのある?」
葵の返事を聞き流し、話を勝手に進めていく。
葵は考えても仕方が無いと諦め、マコトの言う通りにすることに決めた。
店長もいくつか葵に似合いそうなデザインを出してくれた。
「あ…。これ…可愛い」
小粒のダイヤなのに美しい輝きに目を奪われてしまう指輪に葵が目を留めた。
しかもダイヤの両脇に更に小さなブルーダイヤがはめ込まれていた。
それに気付いた店長が説明をしてくれた。
「こちらはアイスブルーダイヤモンドと言う石で、センターのダイヤモンドを美しく引き立てる役割をしております。そして、花嫁はブルーの物を身に着けると幸せになれる、と言うヨーロッパの言い伝えがある様に、婚約指輪や結婚指輪にふさわしい石とされております」
「試しにつけてみよう」
マコトが店長に目で合図をする。
店長が指輪をマコトに差し出した。
「真言君…。右手にでも良い?左手だと、何も感覚無いから…」
「もちろん。葵の好きな方につけよう」
マコトが葵の右手薬指に指輪を通した。
「サイズもピッタリで御座いますね」
店長が微笑んだ。
葵は右手を少し上に掲げ、店内の光を当てて輝きを確認した。
「可愛いし…、凄く綺麗…。アイスブルーダイヤモンドなんて初めて知った…」
「俺の『My Little Blue』にもピッタリだし、葵の好きな色でもあるし。すげぇ出会いじゃね?」
「うん…。そうだよね…」
マコトも興奮気味に葵と一緒に指輪を見つめた。
葵はうっとりして指輪を見つめていた。
「お気に召しましたでしょうか?」
長い時間、葵は指輪をはめ続けた。
相当気に入ってしまったようだ。
「どお、葵?俺はすげぇ葵にピッタリで似合ってると思うよ」
「うん。この指輪が毎日私の指についてたら…。うふふ…」
幸せそうな微笑みで葵が指輪を眺めた。
「店長さん。これにします」
葵の表情を見て、マコトが決心した。
「葵。葵もこれが欲しいんだろ?」
「うん…。でも…」
やはり金額が気になる。
店長が値札をそっとマコトに提示した。
葵もそれを覗いた。
「っ!」
「じゃぁ、決まりで良いね?」
指輪を外したくても左手が使えないので外せない。
「真言君っ!」
「お買い上げありがとうございます」
店長が丁寧に頭を下げた。
「ちょっと…真言君っ…!」
また葵の言葉を聞き流し、マコトは嬉しそうに支払い手続きを始めた。
「ブラックカードっ…」
そのカードを当たり前の様に店長が預かる。
そして目の前で決済されていく。
葵は足が竦む思いでそれを見ていた。
自然と鼓動も速くなり、自分がどれだけ凄い人と結婚しようとしているのかを嫌でも実感した瞬間だった。
「指輪、ちゃんと包んで貰おう」
「かしこまりました」
ここでやっとマコトが指輪を外してくれた。
650万円。
マコトは一瞬で決済した。
「真言君っ…」
「なぁに?」
マコトがやっと返事をした。
「こんな高額なっ…」
「葵が気に入って俺も気に入った指輪だよ?プライスレスだろ?」
プライスレスとは、そう言う使い方をするのか。
葵は頭がおかしくなりそうだった。
むしろマコトの金銭感覚がプライスレスの様に感じてしまった。
さり気なく金色のブランドロゴが入った小さな白いショッパーを店長がマコトに渡した。
「結婚指輪も是非、当店をご利用頂けたら幸いで御座います」
「はい。考えておきます」
マコトが笑顔で店長に答えた。
結婚指輪も婚約指輪と同じ様にアイスブルーダイヤモンドを使ったデザインの物がいくつもあった。
確かに葵はそれも気になっていた。
人生で最高額のプレゼントをしてもらい、嬉しさと緊張が入り交じる中、葵はマコトと手を繋ぎ、店を出ようとした。
「えっ!」
ガラス張りの建物の為、外がかなり良く見えた。
ドアマンがドアを開けてくれたが葵とマコトは立ち止まった。
「キャーっ!」
「マコトくーんっ」
店内にいた客の誰かがSNSに情報を流した様だ。
店の外には沢山のマコトのファンが詰め掛けてしまっていた。
「あらら…」
マコトもさすがに顔を引きつらせて笑った。
「真言君…」
「参ったな…」
前髪を掻き上げてため息をついた。
翌日、阿部マコトが葵と婚約したニュースが早速流されてしまった。
そして婚約指輪を買ったブランド店には問い合わせが殺到する現象が起きた。
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