5章 『侵入者ステラ』

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05-19 魔女っ子は死なず。ただ消え去るのみⅡ *  ――ヘルメスのダンジョン、第1階層。    早くもどってくるのだわ。  未だ意識がもどらないリコリスにミミルミルは語り掛けた。胸の上から心臓のマッサージをして、口移しで息を吹き込んだ。心臓まで達した傷は魔術でどうにか動くようにした。元通り……とまではいかなかった。ミミルミルのウデでは完璧に治すことはできない。だが問題ないくらいには治したはずだ。なのにリコリスはもどってこない。 〈眷属化〉の進行を劇的に速めるため、リコリスは銀のナイフで自らの心臓を突いた。リコリス自身が死に近づくことで、おともだち――ステラとやらとの繋がりは深まった。リコリスの支配は、ステラの体を意のままにコントロールするに至ったはず。  リコリスの描いた通りにことが進んでいれば、おそらく今頃リコリスの忠実な眷属となったステラが、ダンジョンの人員を殺し回っているはずだ。卑怯なようだが、自らの手を汚さず、仲間同士で殺し合わせるやりかたはヘルメスとステラもやっていた。因果応報と言うものだ。  ステラ……リコリスによれば素質だけならアナトをも上回るというほどの逸材。その高いポテンシャルをリコリスが引き出すのだから、ダンジョンに与える損害は凄まじいものになるだろう。もちろん敵の抵抗は受けるだろうが、失敗したとしてもガレキの城に損失はない。存分に殺し合え。  もしステラが第1階層まで上がってこられたなら、バアル様の復活を待って名づけをしてもらう。それでステラは正式にガレキの城に加入ということになる。そのあとは……もしかしたら四天王がもう一人増えるかもしれない。ドドの困惑する姿が目に浮かぶが……まあそれはそれとして。    だから、はやく戻ってくるのだわ。  自死による〈眷属化〉のブーストと蘇生治療の併用。これは前例がなく、どういう結果をもたらすのかわからないとのこと。ステラが仲間になり、リコリスの蘇生も成功するのが最上の結果。ステラは仲間にならず、リコリスは蘇生するのが次善。ステラが仲間になり、リコリスが死ぬのはその次に善い結果ということらしい。『わらわが死んだときはステラをよろしくお願いしますネ』とリコリスには言われたが、そんな結果は悲しい。とはいえステラが仲間にならず、リコリスも死ぬ最悪よりはマシだ。  ステラの眷属化は上手くいっているのだろうか。リコリスの意識は戻るのだろうか。ミミルミルの心配は尽きない。    ダンジョンに侵入して1時間ほど。、未だに敵が迎撃に現れないところをみると、ある程度の混乱を与えることはできていそうではある。ステラはきっとここまでやって来るだろうという予感もある。最上の結果はまだつかむことができる。  リコリスとミミルミルとステラが並ぶ最上の未来をつかみ取るために。  戻ってくるのだわ! リコリス!    ミミルミルは未だ意識の戻らないリコリスに口をつけ、再度息を吹き込んだ。   *  ――????  ステラの心の中は主に星空で構成されている。星空の下には荒涼とした平原が広がっており、そのなかにポツンと墓が建っている。墓にはステラという名前が刻まれていた。  墓の前で膝を抱えて座っている少女がいる。ステラだ。実際の姿よりも幼い。白いワンピースが似合う。かわいらしい子供だった。子供のステラを守るように、刀を携えた戦士がそばについている。こちらの戦士はいつものステラをもっと大人にしたような感じだ。足して2で割ったら、いつものステラの年齢になるかもしれない。  リコリスは注意深く観察を続けた。  墓の周りには数十匹の犬たちがいる。時折ステラに襲い掛かっては戦士によって撃退されていた。犬たちはよく見ればすべて刀で切り裂かれて、痛々しい傷跡を残していた。ステラを襲うものはそれ以外にもおり、バターまみれの全裸の男なんかもいる。見覚えのあるハイエルフや血みどろ男爵もいて、それらは真っ二つにされた体で平原をのたうち回っていた。土塗れでぐちゃぐちゃにつぶれたミノタウロスやハイエルフもいる。殺した者たちに対する罪悪感がこのような形で、ステラの心に残っているのだった。  子供のステラの周囲には何冊かの本とノートが浮かんでいる。『ダンジョン目録』、『日記』、『ファッション雑誌』そして『わたしの考えた最強のダンジョン』なるノートだ。ステラはときにそれらを手に取り、自分自身の『影』に読み聞かせている。ステラの影は持ち主とはまったく姿かたちが違う。どことなく骨ばっていて男の子のように見えた。影はステラがしゃべるたびにうなずいたり、大げさなリアクションをとったりして、読み聞かせるステラを楽しませていた。ステラと影はミニチュアの家を作り、その家にぬいぐるみや模型を並べて遊んだりもしていた。縞瑪瑙。医者。水。中二病。ミツバチ。悪魔。鎧。眼帯。ヘビ。縞瑪瑙は割れてしまっていたが、それらの人形を使ってごっこ遊びをしているステラは本当に楽しそうだった。  時折襲い来る死者たちを戦士のステラが倒し、子供のステラは影に本を読み聞かせる。ステラは絶え間ない戦いへの不安と殺してしまった者への罪悪感を抱えている。影とのダンジョン運営が心の救いになっている。  リコリスは深層心理における暗喩をすでに読み解いている。『影』はヘルメス、縞瑪瑙や医者、水などの模型は、ステラのダンジョンの仲間たちを表している。ステラは『影』を育てることに喜びを見いだしている。    ステラの心の中は見ていて楽しかった。しかしリコリスは不満だった。ステラの心のどこにも、自分の姿がなかったからだ。ステラの心のどこを探しても自分の居場所がないのでリコリスは悔しくて泣いてしまった。  なので、まずリコリスは自分の居場所を作ることに決めた。  リコリスはせっかく墓があるのだからと棺を携え、ステラの前にピエロのように踊りでた。ステラたちに驚愕の表情が浮かび、直後、戦士のステラが襲い掛かって来た。殺した。戦士のステラは凄まじい剣の使い手だったが、リコリスの〈見切り〉の前にあっけなく散った。次いで『水』が襲い掛かって来たが、これは炎の魔術で消滅させた。それから『医者』は腕を切断してやった。  自分を守ってくれたものたちの死体が転がったのを見て子供のステラは泣き喚いた。『影』がステラをなだめようとしたが、リコリスは落ち着ける間を与えなかった。『影』はステラから引きちぎり、遠くまで殴り飛ばした。  こうしてリコリスは子供のステラとふたりきりになることができた。    リコリスはステラを棺の中に入れた。それから死者たちを……犬や裸の男、ハイエルフ、ミノタウロスなどをを棺の中に次々に放り込んだ。罪悪感の象徴であるそれらを棺に入れることで、ステラを罪悪感まみれにしてやった。ステラが棺から出ようと暴れたが、そんなことでリコリスは止まらない。さっき殺した戦士のステラ、水、医者も棺にいれて一層罪悪感まみれにしてやった。  そこまでやってから、リコリスは棺の蓋を閉めた。ステラは棺の中で暴れ続けたので、リコリスは蓋を必死で抑えた。このまま棺を抑え続ければ、やがてステラは罪悪感に染まり動かなくなるだろう。そうなってからリコリス自身もステラの棺に入り、ふたりで永遠に眠るのもいいなとは思った。   だが流石ステラ。なかなか暴れるのをやめない。そうしている間に、中二病やミツバチ、悪魔が襲い掛かってきた。  中二病……マッドはそもそも戦う覚悟ができていなかった。  ミツバチ……クーは凄まじい槍の使い手だったが〈見切り〉の対策をしていなかった。止まった時の中で少しだけ“おしゃべり”ができて楽しかった。  次に戦った悪魔。こいつはレベルが違った。そもそも攻撃する気がなかった。相手に攻撃する気がなければ、〈見切り〉は発動できない。こちらから攻撃しても瞬く間に再生するので八方ふさがりだった。   「ぐぅ!」  リコリスはうめいた。棺から漏れ出た神聖魔術の輝く光がリコリスに直撃したからだ。溶けた体の表面が煙となって立ち上っている。あの悪魔……タフガイとかいうやつ、とんでもなく強かった……あれを倒すにはステラに神聖魔術を使わせるしかなかった。   神聖魔術は悪魔属や不死属への特攻を持つ魔術。呪いの解呪にも用いられる。    今のリコリスは呪いそのもの。神聖魔術はリコリスに効果が抜群だった。タフガイはどうにかできたが、結果的にリコリスまでダメージを受けてしまった。そのせいで棺を抑える力が弱まり、隙間が出来てしまった。 「ヒ! ヒ! 聖なる光は! 効いたでしょう! 吸血鬼!」  棺の隙間からニュウっと現れたのは炎で殺したはずの水……トシャだった。神聖魔術の使用はトシャの復活にも役立ったようだ。   「消えろ!」  こんな死にぞこない放っておいてもそのうち消えるだろうが、むしゃくしゃしていた。リコリスはトシャに炎を放った。トシャは軽々と躱した。 「無駄! ステラさんにはたしかにお前のつけいる隙があった! 自分の弱さを認められない心の隙が! だが! 今はそれを別の人が埋めているんだ! お前の居場所なんかないんだ! ステラさんはきっと棺からでてくるぞ! フヒヒ!」   「黙れ!」  わかっている。今のステラはリコリスを求めてなんかいないのだ。だからこうして、死にかけてまで自分の居場所を作りに来たのだ!!    あと少しなのに。仲間を殺した罪悪感に魂が沈めば、きっとステラは闇に堕ちる。リコリスが操らずともリコリスを求めるようになる。  闇落ちまであと少し。目指すはヘビ男だ。ステラが作ったこのダンジョンで生まれたヘビ男たちを残酷に殺せば、ステラが抱く罪悪感はすさまじいものになる。二度と戻れないほどに心が闇に沈む。 「もっとステラに殺させる。もっともっと。トシャ……お前は今すぐ殺す。また棺に入れてやる」 「さ、させない!!」  リコリスはトシャに向かって手を伸ばし、何度も炎を放った。こいつは水の精霊。今は水の属性にしか変化できない。炎の魔弾が一撃でも当たれば、消滅する脆弱な存在だ。何発か放った炎のうちひとつが、トシャに直撃する軌道で飛んでいる。死ね。死ね。リコリスは怨嗟とともにその行く末を見守る。炎が直撃して爆発四散する姿を想像し、嗜虐的な欲求が満たされる瞬間を待った。  しかしその瞬間は訪れなかったのだ。  リコリスは目を見開いた。リコリスの炎が魔力の障壁に阻まれ、吸収されていく。炎を防ぐには炎の障壁を貼る必要がある。トシャは炎を使えない。この障壁を貼ったのは誰だ。   「まったく、手がかかる後輩やで!」 「え???」 「誰???」     独特なしゃべり方でそう言ったのはローブを羽織った老婆だった。こいつ誰だ。リコリスは首を傾げた。見ればトシャも首を傾げていて、まじで誰なんだと思った。 「しゃあないな! ウチが助けたるわ」  驚愕するリコリスとトシャをよそに、老婆はクツクツと笑った。  
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