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05-20 迷宮五番勝負(四)
*
――ヘルメスのダンジョン。第3階層。
階段から現れたのはステラだった。
ここにステラが現れたということは、マッドもクーもタフガイが敗れたということを意味していた。ステラに負傷はほとんどなかった。人間の力は心だ。心に迷いを抱えたマッドやクーが、ステラを相手に力を出せるはずもない。解せないのはタフガイをステラが倒し得たということだ。タフガイの耐久力を上回る火力を有しているか、あるいは不死身を封じ込めるなんらかの手段を持っていたのか。
ステラの能力はコピー。見ただけで技や魔術を覚えることができる。ガレキの城での戦いを経て、タフガイを倒しうる技を修得していたとしても不思議ではない。
やはり戦力を分散させるべきではなかった。全員で倒すべきだった。後悔しても、もう、取り返しはつかないけれど。
メイは忸怩たる思いでステラを睨みつけた。ステラは抜いた刀を手にきょろきょろと周りを見回した。そしてヘビ男たちの姿を見つけるとニヤアと邪悪な笑みを浮かべた。ステラはたしかに凶暴な一面もあったが、こんな顔をする娘ではなかった。ステラは敵なのだ。敵になってしまったのだ。メイは未だ迷いを抱える自分自身に言い聞かせた。
ステラが手を伸ばした。伸ばした腕の先にはヘビ男がいる。
「よりどりみどり」
ステラが舌なめずりをした。瞬間、空間が緊張で張り詰める。メイとラビリスは背筋がぞっとした。
「ステラ、なにを」
「する気だッ!」
ステラの悪意を察したメイとラビリスはすばやく動いた。ステラの手から巨大な炎の弾が3発放たれ、次いで細やかな弾が次々発射された。赤赤と燃える炎に向かってメイとラビリスは駆ける。
ラビリスは巨大な火球に向かって『魔剣フルンティング』を振り下ろす。メイは懐から一本のロープ『無限縄ドローミ』を取り出し、振り回した。ラビリスの剣撃が爆炎を裂き、メイのロープが火球の群れを薙ぎ払う。火球の群れはヘビ男に到達する前にはじけ飛んだ。炎の残照に炙られ、体の表面が熱を受けるが、ダメージはない。
「みんな無事ねッ!?」
ステラから目を逸らさずにメイは言った。事態を把握できていないヘビ男たちはキョトンとしていたが、ややあって、状況を冷静に認識し始めた。
「ヘ、ヘビイィィ!!??」
直後にヘビ男たちは恐慌状態に陥った。ダンジョン生まれの彼らからすれば、ステラとヘルメスは自分たちの生みの親的な存在でもあるだろう。そんな存在に殺意の籠った魔術を向けられたのだ。パニックを起こすのは無理もない。せめてクーが残っていればもう少し落ち着いていたのだろうが。クーはステラに倒されてしまった。クーの代わりができるとは思えないが、彼らを導く必要がある。さもなくば人が死ぬ。
「ヘビたちッ! ステラと戦おうとするなよッ! お前らの手に負える相手じゃない! お前らの力は自分たちの身を守るために使えッ!」
「ヘビっ!」
「リーダーは他のヘビ男たちをまとめて! 第2階層へ避難して!」
「ヘビ!」
メイとラビリスにはヘビ男の言葉はわからないし話せない。メイたちの指示が果たして理解できたか……
ヘビ男たちは武器を構えはしたものの、ステラに向けようとせず、ゆっくりと後退しはじめた。どうやら言葉が通じたようだ。メイとラビリスは言語を解するヘビ男たちの聡明さに感謝した。とは言え、この状況から避難をするのはどうしたって時間がかかる。
つまりメイとラビリスはしばらくヘビ男たちを守りながら戦う必要があるということだ。ステラは先ほどのような魔術による範囲攻撃を有する。果たして犠牲を出さずに守り切れるだろうか。メイの額から冷たい汗が流れ出た。
守り切れるだろうか、じゃない、やるしかない。やれ。ヘビ男たちは魔物だし、言葉も通じないけれど、ともにガレキの城と戦う仲間だ。目の前の仲間を守り切れずに、世界を救うなどできるものか。
まずはステラを止める。必要とあらば、殺すこともやむなしだ。……と考えたところで、メイは思考を止めた。これ以上考えれば迷いが出てしまうと思ったからだ。必要とあらば殺すこともやむなし。メイは頭の中でこの文言を復唱した。
ステラはニタニタと笑いながら、再び手を伸ばした。またしても炎の魔術を放とうとしている。ヘビ男への執拗な攻撃……こちらが一番してほしくないことを理解してやっている。メイのロープを握る手に力が入った。
ラビリスとふたりで200名のヘビ男を守る。なかなかにしんどいが、やるしかない。
ステラは再び炎の弾を発射した。今度は細かい魔術の弾を広範囲にばらまくように速射している。ラビリスとメイは左右に散り、それぞれ剣とロープを振り回しながら、次々に弾を撃ち落とした。しかしふたりの対処能力には限界がある。対処しきれない弾はどうしても出る。どうする。一瞬の迷いを振り切って、メイはその弾を自らの身で受けることに決めた。回避特化のメイの耐久力はそれほど高くはない。もしかしたら腕の一本くらいは吹き飛ぶかもしれない。ヘビ男を守るためには、やるしかない。メイは歯を食いしばった。
だが魔弾がメイに直撃することはなかった。炎はメイに直撃する前に、ふっと何もなかったかのように消え失せた。
「なにが」
起こったのか。
「ぐ!?」
メイの戸惑いをよそに、ステラが苦しみ始めた。放とうとしていた炎の弾がステラの目の前でボンっと音を立ててはじけ飛んだ。魔術の失敗……? そんなこともあるのか。ステラの体でなんらかの異常が起こっているのか。連戦のダメージが実は残っていたとか……?
メイとラビリスは一瞬だけ目を合わせ頷いた。
そしてラビリスは突進する。全身鎧の重量は100キロを超えるが、ラビリスはそれをものともしない速度で走る。ラビリスの背中の影に隠れるように、メイも続いた。背中から弓を取り出し矢をつがえる。つがえる矢は『閃光爆音矢』。閃光と爆音で相手を無力化する非殺傷の攻撃だ。ステラの能力は『コピー』。一度見た技を解析し自分のものとする。その能力は視力に依存している。だからまずは閃光でステラの目を封じる。
メイが放った矢は、ラビリスの背中から上空に向かって放たれ、山なりの軌道でステラの頭上に降下する。メイの矢に気がついたステラが目を閉じた。ステラは閃光爆音矢を知っていた。目をつぶることで閃光による目潰しを回避したということになるが、どちらにせよ目を閉じてくれたなら好都合だ。
閃光爆裂矢が空中で炸裂する。閃光が背景すべてが白い光で塗りつぶした。キーン……という甲高い音を最後に静寂が訪れる。ラビリスがかがみこみ、その背中を蹴ってメイは空中に跳んだ。長い弓を構え5本の矢を一度に番える。矢の先端はとがった鏃ではなく、角を丸めた殺傷能力の低いもの。しかしメイの構える弓は『雷弓インドラ』。雷の力を矢に付与する魔弓であった。メイの放つすべての矢が雷光を帯びてステラへと殺到する。
ステラはまだ目をつぶっている。見えてはいないはずだ。放たれた5本の矢がステラの体に到達するかと思われた一瞬、しゃりんと斬撃の軌道が弧を描いて閃いた。見えていないはずの矢をステラがひと振りですべて撃ち落としたのである。
どういう感知能力してるの?
驚愕に歪むメイとうっすらと瞼を開いたステラの目が合った。その赤く変わった瞳の奥に、底知れぬ悪意を感じ取る。が、直後、矢に籠っていた雷の力が刀を通してステラに伝わった。雷弓インドラから放たれる矢は防御不能だ。全身が痺れて痙攣しステラの表情が苦痛に歪む。ステラの動きが止まった一瞬、メイはロープを投げつける。
ロープは刀を持つ腕に絡みついた。痺れから解放されたステラがすぐさまそれを振りほどこうとしたが、させない。巻き付いたロープの合わせ目に、メイは矢を撃ち込んだ。ロープの先端の輪が矢によって固定され、ステラの腕をきつく締め付けた。メイはロープをラビリスに渡す。ステラの力は強い。メイでは綱引きに勝てない。ラビリスはロープを思い切り引っ張った。ステラの体勢が崩れ、床に膝をつきそうになったが……。
体勢が崩れたと思った瞬間には、ステラが間合いをつめていた。『無拍子』……体勢が崩れたと見えたのは、脱力。体が落下する力を推進力にして、前へと進む移動法。
クーがヘビ男との訓練で使ったのをみたことがあるが、まさしくそれをステラが使った。おそらくステラはクーが使った無拍子をコピーしたのだ。ロープに引かれる勢いも利用して加速し、瞬く間にラビリスとの間合いを詰めたステラは右手の刀を左に持ち替え、振り上げた。
あ、隙だらけだ!
とメイは思った。ステラの振りかぶった刀はあまりに稚拙な攻撃だったからだ。カウンターをいれてくれと言っているようなものだった。ラビリスは魔剣フルンティングを手放して拳を握った。ガントレットで覆われた鋼の拳がギリギリと音を立てる。ダン! と激しい音を立てて踏み込むや放たれた直突きは、刀が振り下ろされるよりも速くステラの胴体へと到達する。重装の鎧を着込んだまま苦もなく日常生活を送る男の拳だ。その威力たるや悶絶なんて言葉では足りない。
「しばらく寝てるんだなッ!」
ボディに強烈な一撃を見舞われるステラの姿をメイはイメージした。が、そのイメージは一瞬で崩れ去る。
「“見切った”」
声がした。と思った次の瞬間には、ラビリスの方が逆に吹き飛んでいた。鎧を着こんだ巨体がすぐ目の前に迫っている。カウンターをいれた方が、逆にやられている……横っ飛びで緊急回避を行いながら、メイはこの現象が〈見切り〉による時間停止だとようやく気がつく。
メイのすぐ横を通り過ぎて行った。吹き飛ばされたラビリスの体が、ヘビ男たちの群れへと突っ込んだのだろう。背後から「へ、ヘビィ!」とヘビ男たちの悲鳴が上がった。守り切れなかったか、とメイは奥歯を嚙みしめた。ステラからは目を離さない。
「やって、くれたわね」
メイが眼帯に手をかけながら睨み付ける。ステラはニタニタと笑った。
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