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05-21 迷宮五番勝負(五)
*
ヘビ男たちの悲鳴が背後から聞こえてくる。ステラに吹き飛ばされたラビリスが彼らの群れの中に突っ込んだのだ。その惨状たるや……メイは眼帯に手を掛けたまま、大きく息を吸った。
メイには許さないと決めていることが3つある。
1つは、悪。自分の勝手で弱者をいたぶる者。
2つめは、敵。正当な理由なく仲間を傷つける者。
3つめは、自己憐憫。自らを憐れむこと。
ステラは……ヘビ男と言う弱者をいたぶり、ラビリスを傷つけた。許せない。許してはいけない。もうこのダンジョンでステラと戦えるものは自分しか残っていないのだ。メイが敗れたら、いったい誰が残ったヘビ男を守ることができるのだ。
ステラはヘビ男を傷つけた。
ようやくステラを悪だと認めることができる。ようやくステラを敵だと思うことができる。もう許さない。許さないと決めたからには容赦はしない。徹底的にやる。必要なら命だって奪う。生かすにしても自分のやったことの責任を取らせてやる。二度と剣を握れないくらいの罰を与える……!
「【ハオカー】、力を貸して。力が欲しい」
眼帯の奥、魔眼に宿る精霊にメイは話しかけた。右目からバチバチと痺れるような刺激が起こった。と同時に、メイは眼帯を外した。金色に光る右目――〈雷鳴眼〉が現れる。メイの周囲を眩い光のオーラが覆い、青い髪の毛が逆立つと同時にオーラの周りをいくつもの稲妻が走った。
「こうなってしまったら前ほどやさしくはないわよ」
メイはステラを睨みつけた。ニタニタ笑いが少し引きつった。メイの全身から、強烈な閃光が放たれた。その光の眩しさは閃光爆音矢をも上回っている。
メイの〈雷鳴眼〉は目に映るすべてに電撃をばらまく無差別攻撃……であったが、『雷弓インドラ』を得たことで新たな力を得た。雷弓インドラには電撃をチャージするという特性がある。電撃がインドラに吸収され、結果、閃光だけが放出される。これにより〈雷光眼〉は『電撃』と『閃光』を使い分けられるようになったのだ。
この意義は大きい。殺傷性の電撃、非殺傷の閃光……能力の使い分けによって、より多くの状況に対応できるようになったからだ。
メイは今回がしたのは『閃光』。その理由は言わずもがな〈見切り〉への対策である。殺傷攻撃である電撃は〈見切り〉発動のトリガーになりかねない。対して閃光は〈見切り〉を発動させず、さらにステラの視界を奪うことができる。メイが〈雷鳴眼〉を発動させている間、ステラは〈見切り〉およびコピーなど『眼』による能力を使用することができない。
メイの閃光を浴びてステラは目をつぶった。その一瞬でメイは2本の矢を番えた。メイは自分の持ち味は状況への対応力だと自認している。さまざまな道具を状況に応じて使い分け、盤面を有利に進める能力は誰にも負けない。2本の矢の先端にはとある道具が装着されている。
(『人間』の怖さを思い知れ)
道具は人間の叡智の結晶だ。メイが番えた矢。それらの先端に装着された弾は、よく伸び、それでいて粘着性が高く、そして食べることもできるもの――タンポポ国ではこれを『モチ』と言う。モチは古来より老人を殺す食べ物と恐れられていた。モチの殺傷能力の高さに注目したタンポポ国は国家予算を投入し軍事用のモチを開発した。
兵器として改良されたモチを『トリモチ』という。食品だからと侮るなかれ、トリモチを顔面に当てれば、モチが炸裂して瞼がくっついて視界を封じることができる。鼻腔や口を塞げば窒息すら狙える。敵に回避されたとしても、床にくっついたトリモチは踏めば足の動きを封じるトラップと化す。その上栄養も満点だ。欠点は炎に弱いこと、食べてもおいしくないことくらいのもの。トリモチは人類の英知を結集した非人道的殺戮兵器である。
「トリトリ・モチモチアロー!」
と叫びたい衝動を我慢して、メイは矢をこっそり発射した。叫び声で発射タイミングを知られ、虎の子のトリモチをステラに回避されるのだけは勘弁だ。弓から放たれた二本の矢は稲妻状の光跡を引きながら飛び、ステラへと迫る。電撃を帯びた矢は防御不能だ。ゆえにステラはしゃがみ込むことで矢を回避した。メイから放たれる閃光で見えていないはず……にも関わらずステラは矢を回避した。ステラの感知は視覚などの五感では説明がつかない。ステラは第6感ようなもので状況を認識し、見えていなくても見えているのと変わらずに動くことができる。
(スペックがいろいろとバケモノね……味方の内は頼りになったけれど)
ステラに躱されたトリモチはステラの1メートル後ろでべちゃりと弾けた。しかしトリモチに無駄弾はない。床に落ちたトリモチは踏んだものの動きを封じるトラップと化すのだ。
防御不能の矢を回避させることで相手の体勢を崩しつつ、トリモチのトラップを増やしていく。そのうちステラがトリモチを踏み動けなくなったら、トリモチと電撃で完全に拘束し、死角からしこたま雷鳴眼を浴びせる。
これがメイの勝利ヘのプランだ。リコリスへの対策として考えていたものダが、そのままステラにモ通用しそうだ。トリモチは炎の魔術で焼けてカリカリになることが懸念されたが、さきほどの魔術の不発以来、ステラは魔術を使用しない。理由はわからないが魔術が使用できなくなっているようだ。
これはいけそうだ。メイはトリモチをつぎつぎ速射した。なるべく早く決着をつける必要がある。メイにはふたつの懸念があった。ひとつ目の懸念はステラがメイの閃光に順応すること。今は目をつぶってくれているからメイが一方的に攻撃できているが、もしステラが光に慣れれば必殺の〈見切り〉を使用されてしまう。 そうなる前にステラの顔面にトリモチを当て瞳を開けられないようにしておきたい。ふたつ目の懸念は〈雷鳴眼〉の使用時間である。右目に宿る精霊【ハオカー】の力を自分の意思で制御するのは3分が限界だ。それを超えればハオカーが暴走し、メイの意識が乗っ取られる危険がある。
ステラは雷鳴眼に制限時間があることを知っている。つまるところステラはメイの攻撃をかわし続けるだけで勝ててしまうということになる。現在メイが優勢に戦いを進めてはいるが、それほど余裕はないのだ。残り時間はあと2分ほど……それまでに勝負を決める必要があるが、すでに勝利へのロードは整った。
トリモチの配置が終わったのだ。ステラの周りを取り囲むようにトリモチが配置された。これによりステラの行動は大きな制限を受ける。メイは――おそらく最後になるであろう矢を番える。
放ったトリモチがステラの顔面に迫る。周囲はすべてトリモチに囲まれているから、ステラその場から移動することはできない。メイの矢を防御することはできないから、身をかがめて回避するしかない。
「そこ」
そこでメイは雷弓インドラを手放した。閃光と電撃が切り替わり、電撃を浴びたトリモチの矢がが破裂した。メイは二種類のトリモチ弾を使用していた。ひとつは何かにぶつかったときに飛び散るトリモチ、もうひとつはメイの任意のタイミングで飛び散らせることができるトリモチだ。前者を『接触トリモチ弾』といい、後者を『着弾点火トリモチ弾』という。今回使用したのは後者。メイが雷の力を流すことでトリモチが飛び散る仕掛けが施された矢だ。接触型よりも使い勝手は悪いが、ハマるときはハマる。
頭上から降りかかるトリモチをステラは刀で斬り落とそうとした。が間に合わない。刀を抜く前に、頭上から降り注ぐトリモチがステラの顔、腕や胴体に付着しべとべとになった。ステラの両目はトリモチで塞がった。それを確認した瞬間、メイは目を見開いた。雷鳴眼から幾条もの稲妻がほとばしる。あらんかぎりの電流がステラの体に殺到した。
「ぐ、ぎゃああああああああ」
ステラの耳をつんざくような絶叫が響いた。雷の力……これによって与えられる苦痛は、斬撃による痛みとも、火傷による痛みとも違う。おそらくだれも経験したことのない、抗うことのできない苦痛なのだ。ステラは目のトリモチをはがそうとしたが、無駄だ。手にもトリモチがくっついて固まる。手も動かせなくなって。もう収集がつかなくなっている。
詰みだ。殺りく兵器モチと雷の力の勝利だ。このままステラが意識を失うまで雷の力を浴びせる。
「た、たすけてええええ!」
敗北を悟ったステラが命乞いをし始める。
「助けないわよ。あたくし、怒っているの」
だからさっさと寝ろ。とメイは思った。ステラは激痛のあまり床に転がってのたうちまわった。そのせいで床のトリモチが全身にくっつき、さらに身動きがとれなくなる。
「た、たすけて、たすけて!! 死ぬ、死んじゃう!!!」
泣き叫ぶステラが口から大量の血を吐いた。
「?」
メイは眉を顰めた。たしかにダメージは与えているが、血を吐く姿には違和感があった。なぜ吐血した。ステラが吐き出した血の量は異常なほどに多い。メイは嫌な予感がした。
「か、かみなり! や、やめて!! し、死んじゃうからああ!!」
メイはその声が、ステラではなく、ステラが吐き出した血そのものから発せられていることに気が付いた。メイは嫌な予感がした。まさか。
メイは右目を手で隠した。そうすることで雷の力を封じた。ビクビクと痙攣しながらステラはニヤアと口元に邪悪な笑みを浮かべた。
ステラの吐き出した血が、ムクムクと変化していく。やがて血だまりは人の形となった。体のサイズは小さくなっているが、間違いない。
「トシャ……」
ステラの体の中にはトシャがいた。おそらく……ステラの呪いを解くために……。もしかしたら、ステラが魔術を使わなくなったのもトシャのおかげだったのか。そのトシャはステラの体内でメイの電撃をたんまり浴びて、絶叫し、命乞いをし、ステラの体から出ざるを得なくなり、たった今動けなくなった。
「ふう……痛かった。でも、おかげで邪魔なやつが出ていった。これで再び魔術が使えますワ」
そう言うと、ステラの体が炎に包まれる。トリモチは炎に焼かれるとモチモチ感を失ってしまう。パリパリになり、簡単にはがせるようになる。殺りく兵器モチの欠点だ。パリパリになったトリモチをはがし、身動きが取れるようになったステラが立ちあがった。
「さて仕切り直しですヨ」
ステラはトシャを抱きかかえた。つまりトシャを人質に取った。トシャにダメージが入るから、雷鳴眼は使えない。雷弓インドラも使えない。炎の魔術がある限り、トリモチも通じない。弓だけで勝たねばならない。
描いたプランが一瞬で白紙に戻り、メイはどうしたら良いのかわからないパニックに近い精神状態になっている。
……こうなったらトシャごと……トシャもろとも……雷で焼き尽くすしか……それしかないの……?
ステラと戦う覚悟はできても、他の者を巻き込む覚悟まではできていなかった。トシャごと攻撃するという選択をメイはすることができない。
何か、方法はないの!?
と考えたときには、ステラが動いていた。メイの背後、ヘビ男に向かって炎の弾を一発放った。迷った分反応が遅れ、メイは慌てて振り返り、その弾を弓で打ち落とす。どうにかヘビ男を救うことはできた。だが。と、思った刹那、しゃりん。と鍔鳴りがした。
背中に熱さを伴う痛みが走った。たちまち立っていられなくなり、メイはうつ伏せに倒れた。
「素敵なダンジョンでした。みんな仲間想いでやさしくて……」
ステラの声が聞こえた。お前たちは、素敵な仲間たちだった。
だから負けたのだと。
渾身の皮肉が、メイの心を折りかけた。が、それでもメイはなけなしの闘志を奮い立たせた。
自己憐憫に浸る自分自身をメイは許さない。
くそ。負けてたまるか。あたくしが倒れたら、残された者たちは、ヘビ男たちは、ガレキの城に苦しむ国のみんなはどうなるの。
メイは歯を食いしばった。ほぼ負けが確定したが、まだやれることはあるはず……考えろ考えろ。メイは自分に言い聞かせた。が、メイの体が闘志に応えることはなかった。指一本すら動かせない。メイの意識は次第に遠のいていった。
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迷宮五番勝負、決着。
すべての戦いの勝者、ステラ。
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あとがき
次回、ちょっと風向きが変わります。
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