プロローグ

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 目を覚ました少年の視界に広がっていたのは知らない天井だった。   というか真っ暗闇。闇に包まれた知らない部屋に1人。 驚きのあまり少年はベッドから跳び上がった。そして叫ぶ。 「ここはどこだ!」  叫ぶなり少年の顔面に強烈な痛みが走る。  がん。  顔全体に点ではなく面の痛み、同時に鼻先がひしゃげ潰れる。  天井が低すぎたのか、それとも自分の跳躍力が高すぎたのか。 とにかく天井に顔面をぶつけたらしい。そう悟るなり少年は、 「いてえぇ!」 鼻血を吹きだし、今度はまっさかさまに落ちる。  落ちた先にはベッドがあった。  ばふん。  柔らかな布の感触が少年の身体を包み込む。ほ。と一息ついてから、助かった。と少年は思った。  しかしそれは甘かった。  急降下した少年の全体重を受け止めたベッド。そのベッドが、重力加速度+少年の体重を支えきれず真っ二つに割れる。 さらに不幸なことに、不思議なことに、偶然にも、あるいは必然かもしれないが。  とにもかくにもどういうわけかベッドには自爆装置が仕掛けられていたのだ!  ばきん。がらがら。 とベッドが割れ、その直後、 ドカーン。 と音を立て、ベッドは爆散。  部屋は一瞬にして(まばゆ)い閃光に包まれ、放射線状に広がる灼熱の爆煙が部屋を満たす――。  1分後。    爆煙が収まると、部屋は真っ黒に染まっていた。部屋を囲っていた木造の壁が、天井が、床が部屋の全てが炭化してしまったのだ。床には壊れたベッドの残骸がこんもりと山のように積もっていた。 「いてててて……」  山の中から少年がむくりと起きあがった。幸いなことに少年は全身に軽いやけどを負っただけで無事だった。 「ちくしょおおおぉ!」  なにが無事だ。体中が痛えんだけど? 少年に振りかかった理不尽な不幸。それに対するやり場のない怒りが叫びとなって爆発した。 それにしても体中がヒリヒリと痛む。 なにか治療に使えるものはないのか? 少年は部屋の中を探索する。狭い部屋であるから、探索はそれほど難しくない。しかし今や部屋は炭と化していて、何も見つからなかった。 「ちくしょうォォオ、ウオンウオンオン」   少年に振りかかった理不尽な不幸。それに対するやり場のない怒りが叫びとなって爆発する。勢いに任せて叫び、叫んだところで痛みが和らぐわけでも怒りが収まるわけでもないと気付き、かといって叫ぶのを止めることもできない。グダグダになった少年の叫び声の後半は、エンジン音のモノマネのようになってしまっていた。  それにしても体中がヒリヒリと痛む。 なにか治療に使えるものはないのか? 少年は部屋の中を探索することにした。 そして、探索の最中、少年は気付く。 「治療どころか、窓も出口もなにもねえ」  自分はどうやってこの出口のない部屋に入ったのか? そんなことよりどうやってここから出るのか? そもそもなんでベッドに自爆装置が? 様々な考えが少年の頭に浮かび、そしてもっと根本的な違和感に気がついた。 「あれだけの爆発に巻き込まれたのに、なんで俺無事なんだ?」  火傷の痛みはすでに引いている。防御力と治癒能力が異常なまでに上昇している。異常なまでに。――人間以上と言っていいほどに。  そこで、少年の思考は一気に泥沼に嵌りそうになる。 まて、落ちつけ。そうだ、ゆっくり思い出せ。おれはだれだ、どこから来たんだ。 しかし。 「――俺、何者なんだ?」  思い出せない。自分が誰なのか、どこからきたのか。名前も、自分が人間なのかどうかすらもわからない。いくら記憶をたどっても、この部屋で目覚める以前の出来事の記憶が無い。   「ちくしょおお!!」  少年は再び叫び、思い切り床に向かって拳を叩きつける。炭化した床にひびが入り、拳に鈍い痛みが走った。 「なんなんだよこれ! どういう状況なんだよ!」  考えてみればおかしなことだらけだ。自分の身体のことにしたって、天井まで飛び上がることができたし、爆発にも耐えることが出来た。身体能力がハンパじゃない。窓もドアもない密室は光が一切存在せぬ完全な闇。にも関わらず少年の視力は部屋の全体を細部に至るまでハッキリと捉えている。どうやら感覚器官もハンパじゃないらしい。  そんなことより。  窓もドアもない部屋にどうやって入った? どうやって部屋から出る?  あとなんでベッドが爆発した? 考えれば考えるほど分からないことだらけだ。  なんで自分がこんな目に合わなきゃならない!!  この部屋に来た経緯を思い出そうにも、何も覚えていない。考えても考えても、考えるだけ無駄だという結論しかでない。それはそれは虚しい思考。 「ちくしょう……っ」  少年は立ち上がり、思い切り床を蹴ると、壁に向かって思いっきり突進をした。部屋全体が震えるほどの衝撃だったが、壁は破れなかった。 「どうすりゃいいんだよ……っ」  壁に拳を叩きつける。ドスン。と音がして拳に再び鈍い痛みが走った。その時だった。 『おはようございます、マスター』  突然の声! 少年は振り返った。とりあえず。 しかし振り返った先には誰もいない。爆発したベッドの残骸が転がっているだけだ。 「なんだ幻聴か」  少年はため息を吐くと、「ハハ」と自嘲するように笑った。  幻聴を聞くなんてよほどのことだ。おそらく精神がやられつつあるに違いない。  肉体は強化されていても、精神はそうではない。暗闇の密室に閉じ込められて心の方がやられてしまう。  と言う話は不自然ではない。精神の死は肉体の死と同義だろうから、このまま心を腐らせて死ぬ可能性は十分にある。  死ぬ可能性。  思考がそれに触れた瞬間、背筋にゾクリと寒気が這うのがわかる。同時に胸の内で燃えたぎる衝動が湧きあがる。 「死にたくねえ」  内から湧き出るその思いが体中で暴れ回り、全身を震わせる。死にたくない。記憶を失ってもその思いは消えていなかった。 「死にたくねえ……っ」  少年は肩を抱いて震えた。こんなわけのわからない状況に飲み込まれて死ぬなんてまっぴらだ。絶対に生き延びてやる。 だけど。爆発に見舞われたこの部屋には何もない。水や食糧はおろかドアも窓もない。こんな状況でどうやって生き残れというのだ。 「どうすれば……」  少年の思考は堂々巡りに陥った。どう考えても詰んでいる。食糧のない部屋。壊せない壁。これらをクリアしなくては確実に死ぬ。たぶん飢え死ぬか発狂して死ぬ。肉体が強化されたのは僥倖(ぎょうこう)だったが、不死と言う訳ではないだろう。 堂々巡りの思考で、打開策を捻りだすことはできない。なにか、なにか手がかりはないのか。と部屋を探索するが、やはり何も見つからない。 「ちくしょう」  弱々しい声と共に少年の目から涙がこぼれる。 憎い。こんな状況に自分を追いやった誰かが憎い。 悔しい。自分には何もできない。 誰か。このわけのわからない状況から……。 「――助けてくれよ!」 『わかりました、マスター』 「!?」
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