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またしても声! 幻聴ではない。今度はハッキリと聞こえた。聞こえたというより、感じたというべきか。声がどこから発せられたかはわからないが、とにかく自分の他に誰かがいるのは間違いない!
「誰かいるのか?」
少年が宙に向かっておそるおそる問うと、
『はいおりますよ。と言っても貴方の頭の中ですが』
「頭の中!?」
わけがわからず少年は「どういうことだってばよ!?」と声に問う。混乱のあまり口調が忍者っぽくなってしまっていた。
『はい頭の中です。頭の中からあなたに語りかけているのです。自己紹介……しておいた方がよろしいですか? 自己のない私が自己紹介……ククク』
なんだコイツは!? 少年は困惑する。自分の頭の中にいると言う、誰か。コイツは一体何者だ!? しかし、こんな得体の知れない声にすがるしかないのも事実だった。少年は生き残らねばならない。もしかしたらこの得体の知れない誰かが、打開策をもたらしてくれるかもしれない。
「お前は誰だよ?」
『私は誰でもありません。強いて言うならあなたの“能力”そのものですよ』
「 能力? そのもの?」
少年は頭の中から語りかけてくる誰か(とりあえず”声”と呼ぶことにする)が何を言っているのか皆目理解できず、困惑。それを察したのか、すぐさま”声”がわかりやすく言い直す。
『あなたの“能力”のことですよ。“ダンジョンマスター”たるあなたの能力が、あなたに語りかけているのです。うーん。わかりにくいだろうなあ。つまり、私はあなた。あなたを覚醒へと導くために起動したナビゲーション人格なのです』
「???」
わかりやすく言い直しても少年はやはり意味がわからない。“声”の説明からおぼろげに推測するに、どうやら自分は超能力を持っているらしい。身体能力が強化されていたのは、その“能力”とやらが関係しているのだろうか。とりあえず“声”を注意深く聞くこととする。
『まあ、言っても伝わらないと思いますので、まず実践してみましょう。私の一部を呼び出してみましょうか。私を――あなたに眠っている力をイメージしながら“ブック”と呟いてください。実際に声に出さなくても構いませんが、はじめてということもあります。声に出した方が成功しやすいでしょう』
少年は声に従い「ブック」と呟いた。しかし何も起こらなかった。
「何も起こらないんだけど??」
『……』
しばしの沈黙。次の瞬間、少年の胸のあたりの空間が白く輝きはじめる。真っ黒だった空間に突如として現れた光に少年は驚愕した。
「!?」
眩い光の中からそれがゆっくりと形を成していき、そしてそれは現れた。それは百科事典ほどの分厚さを持った本。赤黒い表紙。表紙に施された金色の幾何学模様。本は神秘的な輝きを放ちながら、少年の胸の前でピタリと静止していた。 本は少年の胸の前で静止している本を両手で包み込むように掴んだ。
「これは……!?」
『それは“ダンジョン目録”。あなたの“能力”の使い方を示した、あなたの説明書です』
“ダンジョン目録”。何もない空中から現れた本。少年の両手の中で光るダンジョン目録を眺めながら少年は、感激していた。何もない空間からモノを取り出す。そんなことができるなんて。
「俺の説明書、って言ったな。これを読めば、おれが何者かわかるってことか」
少年はその本の表紙を捲ろうと力を入れる。「フンギギギ」と歯を食いしばり、かなり力をいれたが、その本を開くことは出来ない。
「なんかこの本クソ固くて開かないんだけど?」
『その本――“ダンジョン目録”を使うには、まず所有者登録をしなくては。あなたの“名前”をその本に刻む必要があるのです。所有者の名において能力を行使する。それが“ダンジョンマスター”』
「“名前”、か……」
少年は苦々しく自嘲した。彼は記憶を失っている。名前を刻もうにも思い出せない。
「名前なんか、ない」
『何でも構いませんよ。とにかく名乗ってください。名前などあなたを示す文字の羅列に過ぎません。なんなら『ああああ』とか『うん○』とかでもいいんですよ?』
それだけは嫌だ。”声”の野郎、いい加減なことを言いやがって。しかし何でも良いとなると、それはそれで悩むものだ。「うーん」と頭を捻って少年は考えた。
名前か――。アルフレド、アナベル、アムロ、アンドリュー、アレクセイ、アドルフ……etc。様々な名前が頭の中をめぐっていく。驚くほどたくさんの名前を少年は知っていた。言語体系も何もかもごちゃまぜの名前候補の数々が次々に頭に浮かんでくる。記憶を失っても知識は失っていない。どうやらそういうことらしい。
そして。
「決めたよ」
『はい。どうぞ名乗ってください』
「俺の名は――」
『……』
「いや、ダメだ決めらんねえ!」
『優柔不断ですね。なんなら私が決めてあげましょうか? 先ほど挙げた『○んこ』とかどうです? あとは『○んこ』、『○んこ』……』
「だああああ! そんな名前を付けられるくらいなら死を選ぶわ! 俺の名はな――、もっとこう気高い感じの」
「気高いとか、どうでもいいです。早く決めて、ハリーハリー」
「なんで急かしてくるんだよ。自分の名前くらいゆっくり決めさせろよ」
と言いながらも少年は内心で自分の名前を決めていた。無から有を作り出す。それは錬金術師たちが目指し挫折した、神の領域。自分はそれができる。できた。
きっと自分は錬金術師か、もしくはそれにちかい能力の使い手に違いない。 というわけで。少年の知識にある伝説の錬金術師の名に。自分で自分のことを「3倍すごい」って言っちゃったあの人にあやかって、
「ヘルメス! 俺の名前は“ヘルメス・トリスメギストス”にする」
『なるほど、かつて実在した錬金術師の名ですか。明らかな厨二ネームですが“ヘルメス・トリスメギストス”で登録しますか?』
「ああ、“ヘルメス・トリストメギストぶひぇ”で頼む! (噛んじゃった)」
『了解。“ヘルメス・トリストメギストぶひぇ”で登録いたしました』
本の背表紙に所有者の名が浮かび上がる!
“ヘルメス・トリストメギストぶひぇ”
こうして少年はダンジョンマスター “ヘルメス・トリストメギストぶひぇ” となった。
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