1 彼と生徒会長

2/2
前へ
/10ページ
次へ
 実を言うと越後くんにポケットの中身は何なのか聞いた事はある。それも三回も。一回目は春先の桜が芽吹く前の頃で、二回目は五月の遠足の帰り道で、三回目は昼休みの今この時だ。 「越後くん、ポケットに何隠してるの?」  答えは決まっている。「教えたくない」だ。秘密主義の越後くんは私の質問に嫌な顔してそう答える。そうしてポケットに手を添えてそそくさと離れてしまう。口を一文字に結んで、苦しげな表情で。 「教えたくない」 「じゃあヒントを頂戴」 「クイズ番組じゃないんだよ」  予想通りの返答だ。しかし今日は離れず会話が続く。 「生徒会長も暇なんだな」 「暇じゃないよ! もう最高に忙しい!」 「例えば?」 「越後くんの観察と勉強と睡眠!」  蝉の声と騒がしい生徒の声が沈黙の間に割り込み、何とか間を持たせている。欠伸(あくび)が出そうになるのを懸命に噛み殺し、応答をただ待った。 「何でも出来る前野さんには分からないよ」  越後くんが絞り出した返事は何処か曖昧で、今度は私は返答に戸惑ってしまう。苛立ちか悲しみか分からない表情の解読が難しい。 「何も出来ない僕に関わってる暇があるんなら、少しは生徒会長らしい事でもしたら?」 「分かった。じゃあポケット見せて」  そのまま押し問答はしばらく続き、生徒会の仕事があると先生に呼ばれるまで私は越後くんと話し続けた。殆ど一方的だったけど少しは会話出来ただろうか。  本当はもっとやりようはあるのだろうけど、不思議と臆病な嘘をついたり、こっそり奪い取ろうなんて気にはならなかった。中身を見る時は越後くんと一緒の時が良かった。理由は無いけどそうした方が良い気がした。借用書でも作って渡してみようか。また睨まれる気がするけど。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加