2 秘密と資格

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2 秘密と資格

 水筒に注いできたスポーツ飲料を一口含み、喉に流し込む。放課後の夕日は赤く煌めいていて、目に優しい温かみを感じる。陸上部には生徒会の仕事で遅くなると伝えているが、今日はミーティングの日だから出来るだけ早く参加したい。  いつの間にか制服のリボンが寄れてしまっている。今度アイロンでもかけようかと考えていると、職員室の前で先生と話し込んでいる越後くんと遭遇した。何を話してるか気になってしまって隠れて耳をそばだててみる。 「この成績じゃあ正直厳しいぞ」 「……はい」  パンフレットを数枚持った先生の叱責が、彼の顔色を急速に悪くさせていった。その中の一つはこの県で一番の進学校が出している物だった。私が行こうとしている高校だったから直ぐに分かった。もしかすると彼も目指しているのかもしれない。  制服の裾を摘んで耐えている姿が何処か弱々しくて、いつも憂慮した表情をしている理由の一端が分かった気がした。ひとしきり叱責が終わると、最後に肩をポンと叩かれて先生は職員室に帰って行った。空気が水槽に指を入れた時みたいにひんやりとしていた。  制服のリボンの皺が気にならなくなる程、私もスカートの裾を握って話を聞いてしまっていた。彼の鼻頭が赤くなっていて啜り泣く声も聞こえた。でも今更聞いてましたーなんて出ていけば、彼の恥に更に泥を塗ってしまう。それ位は分かる。故に、声を殺して階段を降りようと―― 「出てこいよ、生徒会長」  後ろから怒りが滲んだ声をかけられる。渋々階段を登り直し、微笑みを象りながら正面に立った。 「盗聴の趣味なんてあったんだな」  声を紡ぐ事が出来ない。何を言ってももう手遅れだった。丸眼鏡の奥から見える視線は切れ味すら持っていて、夏なのに皮膚から体温が根こそぎ奪われる勢いだった。廊下に飾られた名も知らぬ作者が描いた絵画の少女だけが、この顛末に口を出さずに見守っている。 「なあ、僕が生徒会選挙に出てたの知ってるか?」 「……ああ、そりゃ勿論!」 「目、逸らすなよ。嘘が下手なんだよ」  生徒会選挙には二十四人の生徒が出馬していて、私は私の事で精一杯だったから周りを考える暇も無かった。ただ、私の嘘が彼の望む物で無いのは痛々しい表情からこれ以上無い程分かった。
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