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3 彼と私
天気雨が降っては止み、窓の外の世界が忙しなく動いて遊び疲れている。パンケーキを食べたいなとふと思い立ち、どうせ食べるなら口いっぱいに頬張りたいな、なんて考えた。今日は部活動が休みなので帰り際に何処か小洒落たカフェにでも行こうかと思った。
越後くんは次の時間の単語テストに向けて単語帳を凝視している。黄色い付箋がポテトフライみたいに張り付いていてお腹が空いてきた。
私は、別に誰かに悪意で殴られても大丈夫だ。落ち込む事が今までに一回も無かったし挫折した経験もそんなに無い。だから嫉妬心なんて単語は私の単語帳には存在しなかった。越後くんから言われた言葉も寝れば全て忘れ去ってケロッとしていられる。
「前野さん、日直が休みだから代わりに黒板消してくれる?」
「了解です、先生!」
私は性格があまり良くない。少しだけ人に優しくして状況に応じて笑うだけ。名女優にはなれないが大根役者という訳でも無い。それなりにはこなせる。たまにごく普通に会話している時に変な事を言っていると指摘されるのは納得がいかないが。
「前野さん、双眼鏡は?」
「双眼ちゃんは少し調子が悪いみたいで……」
「双眼鏡に名前付けてる人初めて見たわ」
怪訝な目を向けてくる中村さんが苺味の飴玉を私に投げて渡してくれた。ご好意に甘えて口に入れてそのまま飲み込んだ。
「……飲み込んだ?」
「うん、飲んだよ」
「舐めたりしないの?」
「胃の中でふんわりと味わうのが飴の魅力でしょ?」
首を捻って笑う中村さんが油断した私の鼻頭を優しくタップする。ロボットの真似すると脇腹を擽られた。肋骨が微かに痙攣する。
「それで、恋の行方はどうなの?」
「コイ? 活け造りしか出来ないよ?」
「だからそうじゃなくて……進化してる!?」
頬を抓られて上下に揺すぶられる。天気雨が一旦止んで、瞬きの間に活動を再開し始めた。安らかな体温が手を通して伝わってくる。
「ちなみに私も観察を始めたんだよ。越後くんの観察をする前野さんの観察をね……!」
「凄いややこしいねえ」
「ド天然な前野さんに言われたくないね……」
予鈴が鳴って先生がテスト用紙を配り始める。皆が喋るのを止めて自分の席に帰っていく。
「前野さん、ずっと越後くんの顔見てるよね」
「え?」
ふふっ、と満面の笑みで中村さんはそう言った。そのままテスト用紙を前から受け取って後ろに渡す。「テスト頑張ろうね。私は赤点確定だけど」と泣く仕草をして、名前を書き込み始めた。
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