第一章

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 そんな総務部だったが唯一のオアシスが森川主任だった。三上女史よりも歳上で(だが途中入社のため役職は下)髪の毛にも白いものが混じってはいるが、某俳優さんに似た優しげな低音ボイスで書類の不備とか丁寧に教えてくれた。森川主任目当てに総務部に行く人は少なくなかったはずだ。その主任が昇格とはいえいなくなったら総務部に行く人の足はもっと遠のくだろう。  だが個人的には嬉しい。森川主任は密かなだったのだ。 「森川しゅ……課長はまだ来てないんだ?」  私はパソコンの接続をする似鳥くんを手伝いながらそう尋ねた。 「え? 早乙女さんは森川課長が育休なの知らないんですか?」  育休? お孫さんが産まれても取得できるものだったかな? 私は首を傾げた。 「あ、もしかして知らないですか? 森川課長は最近再婚したんですよ」 「え! バツイチだったんだ?」 「バツイチっていうか七年前に奥様を病気で亡くされたんで」  ああ、それはバツイチとは言わないかもしれない。 「それで昨年新卒で入社した新人と再婚しまして、もうすぐ子どもが産まれます」 「はあ!?」  森川課長がパパに! いや驚くところはそこじゃない。お相手が昨年入社した新卒ってところだ。 「その子は結婚と妊娠をきっかけに会社を辞めようとしてたんですけど、三上女史が『別に社内結婚が禁止されてるわけじゃないんだから辞めることない』って説得したんです。初めての出産だし、その子の実家も遠方で心細いだろうから産まれる前からついててやれってことで森川課長はもう育休中です」 「へえ」三上女史もそんな優しいこと言うんだ。 「あ、男も育児に参加しろってことらしいです」  あー。そっちか。  思ってたことが顔に出ていたせいか似鳥くんは私を見て小さく笑った。やっと目が合った。
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