第一章

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 その顔には見覚えがあった。緩やかなウェーブがかかった色素の薄い髪にブラウンのアーモンド型の瞳。イケメンの部類に入るだろうに自信のなさそうな所作でいつもその笑顔のわりには目が合ったことはなかった。 「──確か総務部の似鳥くん?」 「ああ、そうです。よかった。覚えててくれたんですね」 「まあ」  正直に言えばギリ覚えていたと言っても過言ではない。ほぼ行く機会のない総務部の上に、ガッツリした行きたくない理由もあったのだ。 「営業三課の早乙女都さん、ですよね?」  相変わらず目が合わない状態で似鳥くんはそう言った。 「名前、覚えててくれたんだ?」  私は何気なくそう言った。というのも総務部には必ず森川主任がいる時を狙って行くからだ。似鳥くんには何度か森川主任に繋いで貰ったことがあるくらいだった。 「ええ、まあ名前を覚えるのは得意なほうなんで」 「もしかして似鳥くんも〈有休消化率100%〉なんだ?」  似鳥くんは恥ずかしそうに頭を掻いて「ええ、まあ」と答えた。なるほど。もう一人は似鳥くんだったというわけか。向かい合わせのデスクは私と似鳥くんだとして、窓際の机の主が気になった。恐らく私達の上司になる人だろうから。 「森川しゅ……課長です」似鳥くんは私の目線に気がついたようでそう言った。 「え! マジ! 総務部のオアシス森川主任がいなくなったら総務部(あそこ)は地獄じゃん!」  思わず言葉が出てしまって慌てて手で口を押さえた。似鳥くんは困ったように眉を下げた。 「いえ、いいんです。実際三上女史の圧は半端ないですから」  総務部は部長こそ男性であるがほぼ置き物状態で、定年退職間際の役職に無縁だった男性社員がそっと配置される役職である。何故なら実権は〈三上女史〉が握っているからである。三上遥香。四十代の女性社員だ。確か部長代理かなんかの役職だった気がするが皆その役職では呼んでいない。年齢よりはずっと若く見えるし、スタイルもいいしなんと言っても美人だ。だがその美しい唇から出てくる言葉は辛辣で、性格もキツい。まず総務部が会社の行事の年間スケジュールを作成するのだが、その予定を一分の変更も許さない。営業なんかは客の都合で予定が変更させられることも少なくないのだが、三上女史はそれを一切許さない。特に健康診断で再検査などになったら大変だ。再検査に行く日程を報告して、万が一行けなかったとしたらすぐに連絡がくる。しかも本人と上司にである。個人情報の漏洩ではと議論になったこともあったが『公共の利益が優先です。客先で倒れたらウチの管理責任が問われます』と言って譲らなかった。そしてどうやら〈ツイフェミ〉というヤツらしくてやたら女性の権利にうるさい。言ってることが正論なだけに面倒な人という意味も込めて陰ではと呼ばれていた。恐らくそう呼び始めたのは三上女史よりも歳上の男性社員な気がする。
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