第一章

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「だがせっかく質問があったから答えておく。顧客のニーズに合わせてすぐにそれを活かすことも重要だろう。それは開発部にチームを作って対応することに決定した。総務部のすぐやる課はそれとは別の意味を持つ」  どうやら真壁専務はこれからそれについて話す予定だったらしく、レジュメの次のページに細かく記載されていた。 「優秀な人材の確保はこれからどんどん厳しくなっていくだろう。同じ給料なら条件のいい働きやすい職場を選ぶに決まっている。だとしたら我々がやるべきことは働きやすい職場を作ることだ」  それはそうだろうな。そこまでは納得した。 「産業カウンセラーを設置している会社もある。だがそれで本当に適切なのかどうか。もしキャリアアップで悩んでるならより専門性の高い者が対応したほうがいいだろう。逆にもしかしたらもっと医療的なメンタルケアを求めてる者が多いかもしれない。試しに外部に委託して運用することも可能だが、それよりは事前に調査して適切な人間を雇ったほうがいいと私は考えている」  どうやら秘密保持の点から考えても外部委託するより直接雇ったほうが結果としていいと考えてるようだった。 「そこでこの課では社員がどんなことで悩んでいるのかをまずは調査して欲しい」  私はそこで慌てて顔を上げて専務を見た。いやいや、それは大変面倒くさいです。ばっちり目が合ったはずなのに専務はそれを無視して話を進めた。  専務の話だとまずは気軽に相談に来れるようにするようにするために各課に通達を出し認知を拡めること、そして就業時間でも相談に行って構わないことを管理職に伝えてあること、さらには会社の至るところに目につくように貼り出すことを決めたという。  ツッコミたいことはたくさんあったけど質疑応答は後からと言われたばかりなのでとりあえず黙って聞いていた。 「──以上だ。何か質問はあるか?」  似鳥くんはすぐに手を挙げた。 「相談を受けるには構いませんがそれを解決するのも僕達なんでしょうか?」 「必要な部署に繋げば解決することであればそうして欲しい。もし法的なことであれば顧問弁護士の手を借りることになるのでそれは私にあげてくれればいい」  私も手を挙げた。 「スズメバチの巣の撤去の場合は業者に連絡していいってことですか?」 「スズメバチの巣の撤去なら僕も出来るよ」似鳥くんが即答した。 「え! なにそれすごい」 「でも防護服とかそれ用の薬剤は必要だからなあ。専務、それって経費で落ちますよね?」 「──いい加減スズメバチから離れろ。というかそういう時は業者に頼んでいい。ただし報告は必ずしてくれ。どこに相談すればいいか分からない時は必ず相談して欲しい」  専務は呆れながらもそう答えた。 「解決することがこの課の目的ではない。あくまでどんなことで社員が困っているのかを調査するのが目的だ。それを忘れないでくれ」 「あのー」私は恐る恐る声をあげた。 「なんだ」 「どうして似鳥くんと私が選ばれたか理由を聞いてもいいですか?」 「ああ、有休消化率だな」 「ちゃんと事前に許可を取って休んでましたけど」  私がそう尋ねると専務はきょとんとした顔をして首を傾げた。 「それはそうだろう。私はむしろ社員全員に有給をきちんと消化して欲しいと思っている。調査すればそれが出来ない理由もおのずと分かるのではないかという期待もしている。まずそのためには有休消化率100%の者が先頭に立つのが適任だと思ったのだが?」  あ、島流しじゃないんだ。 「そういうわけだから君達の働きにはおおいに期待している。森川課長は不在だが何かあったら私になんでも相談して欲しい」  専務はそう言って私達の顔を交互に見た。
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