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再び抵抗するのかと思いきや、そこは陸太朗の祖母がやっているという和菓子のお店だった。予定とは違うが、彼が寄って行けというのでちょっと寄り道することにした。
陸太朗が木造の扉を開けて、照明をつける。ぼうっと浮かび上がった店内には、独特の寒気が感じられた。人の気配がなく、よそよそしい。しばらく閉まっていたからだろうか。
ガラスケースの中身は空っぽで、周囲の棚には、長く保存できそうなお菓子がわずかに並んでいるだけだ。陸太朗がカウンターの中に入り、ケースからパンフレットを取って見せてくれた。
彼が自慢げに広げたそれには、色とりどりのかわいらしいお菓子がたくさん載っていた。
薄い黄色や淡い紫、水色や萌黄色の小さくてころんとしたものが、花や実の形になってそっと鎮座している。宝石のように透き通っているものもある。おもちゃみたいな愛らしさに目を奪われ、思わずため息が出た。
「これは練りきりというんだ。秋なら紅葉や栗、柿をモチーフにしたものが多いな。そっちは寒天をいったん溶かしてから干して固めたお菓子で、透き通っていてきれいだろう? 白濁させずに透明感を生かしたのは、《こはくとう》琥珀糖と言ってな……」
陸太朗の講釈が続く。どれも初めて見るものばかりで、和菓子とはもっと地味なものだと思い込んでいたあたしは、夢中で眺め続けた。
もちろん洋菓子もきれいだが、和菓子にはそれと違うぎゅっと詰まった可憐さを感じる。繊細で、こじんまりとしていて、美しい。食べるのがもったいない芸術品のようだ。
「……でもさ、確かにきれいでかわいいけど、お菓子ってやっぱり一番は味でしょ。味がいまいちだったら、いくらかわいくても一回買って終わりだと思うし」
そう言うと、陸太朗からじろりと睨まれた。
「ばか言え。味もうまいに決まっているだろう。特に、うちの芋ようかんは絶品なんだ。他の商品だって、そこらの洋菓子と比べても絶対に引けは取っていない」
「ええー? そうかなあ? 正直、あんたに味の良しあしがわかるとは思えないけど。だって、あんなすっぱいのとかしょっぱいのとか、食べても平気なくらいだし」
「あれは……、うまいとは言ってない。ただ、食べられはすると言っただけだ!」
陸太朗は気分を害したようで、さっさと店を閉めてしまった。もう少し見ていたかったのだが、言い出せる雰囲気ではない。
あたしはもとの予定に戻り、お気に入りのクレープ屋へ案内することにした。といっても、すぐそこだ。商売敵の店へ入るわけがない陸太朗を残し、あたしは駆け足で店へ向かう。
「おい、どこへ行く?」
「ちょっとそこで待ってて!」
女子受けするお洒落なドアを開け、店内を素早く見渡すと、客のいない隙を狙って目当ての品を注文する。慣れているので、代金を払って店を出るまで数分だ。あきれたような顔で待っていた陸太朗の元へ走り、そそくさとフィルムを剥がした。
「じゃあ、はい、口開けて」
「…………は?」
またもや宇宙人でも見るような目つきになった。失礼すぎる。
「これね、今あたしがはまってるフルーツサンド! この店、本来はクレープがメインなんだけど、最近はこっちの方が人気なんだ。今日は売り切れてなくてよかった! あんたにもおいしいスイーツというものを教えてあげようと思って連れてきたからさ。だから、はい、あーんして」
本当は自分で食べてもらうつもりだったが、さっきの洋菓子を見下すような発言で考えを改めた。普通に渡したとしても、素直に食べるとは思えない。
だから、陸太朗方式に切り替えることにする。
「は? なんで俺がそんなものを食べなければいけないんだ。それが好きなのはおまえだろう。なら、自分で食べればいいじゃないか」
「だーかーらあ! 味音痴のあんたのために、正解というものを教えてあげようって言ってんじゃん!」
「余計なお世話だ。大体、公衆の面前でそんな正視に耐えない真似をするな」
「あんたがいつもやってることでしょおお!」
怒りで血管が切れるかと思った。トモヤがここにいたら、後ろから羽交い絞めにしてもらうのに。
「強引に顎をつかんだり! 無理やり口を塞いだり! いつもあんたがしてることじゃない! 今度はあたしがこうする番よ!」
「誤解を招くような言い方をするな! あれは、おまえが嫌がるから仕方なく――」
「あんただって今嫌がってるでしょうが! ……ああもう、こんなかわいい子があーんしてあげるって言ってるんだから、つべこべ言わずに黙って喰えー!」
陸太朗の顎をつかんで口を開けさせ、勢いよくフルーツサンドを押し込んだ。いつもされているためか、コツはなんとなくわかっていた。
陸太朗は目を白黒させていたが、いつもあたしに「もったいない」と言っている手前、吐き出したりはできないようだ。苦虫を噛み潰したような表情で、しぶしぶ口の中のものを咀嚼し始めた。
「……ねえ、どう? どう? クリームもいっぱい入ってるし、ボリュームたっぷりでおいしいでしょ? 確かにスイーツ苦手な男子も多いけど、あんたは和菓子好きなんだから、これもきっとおいしいと思うんだ!」
「…………」
陸太朗の表情は変わらない。難しい顔をしていて、とても甘いお菓子を食べている最中とは思えない。
やがて、そんな顔のままぼそりと言った。
「あー、なんというかこう……、甘ったるいな」
「えっ? そう? ここのって、甘さ控えめで、フルーツの味がしっかりわかるって評判なんだけど」
「――っ、そ、そうか。ああ、もしかしたら、このバナナが甘すぎるからそう思ったのかもしれないな」
何かをごまかすように早口になった陸太朗を前に、あたしは一瞬、言葉に詰まった。何かの間違いかと思って、手元のフルーツサンドに視線を落とす。
「……これ、フルーツサンドだけど、中身はサツマイモ、なんだよね……」
「――っ」
明らかに陸太朗の顔色が変わる。それを見て、あたしの中で、今までの違和感がはっきりと疑惑に変わっていった。
陸太朗にフルーツサンドの中身が何かは教えていない。切り口が見えたとしても、口に突っ込むときの一瞬だけだったろうし、大きさも色もバナナに似ていると言われればそうかもしれない。
だが、食べればわかるはずだ。さっき、芋ようかんが好きだと自分で言っていたではないか。
それなのに間違えた。味覚音痴で済まされるレベルだろうか。
「……陸太朗。あんた、あたしに何か隠してることがあるでしょ……?」
「…………」
陸太朗は口を真一文字に引き結んだ。目をそらし、地面の一点を睨むように見つめている。
沈黙は息苦しかったが、あたしはいつまでも待つつもりだった。
じーっと目を追っていると、根負けしたのか、陸太朗は大きなため息をついた。
「わかった、言う……、おまえには、教えておくべきだろう。とりあえず、ここから移動しないか」
気が付けば、店の前で騒いでいたあたしたちは、ものすごく注目を浴びていたのだった。
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