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数日後、あたしは大量の白あんを前に唸っていた。
カステラはひとまず出来上がった。となれば、次は、白あんの甘さが問題となる。あたしが砂糖の監修をするようになってからは、ちゃんと甘くなったのだが、どの程度の甘さにするかで頭を悩ませていた。
「んーと……。あたし、このカステラと一緒に食べるんなら、もうちょっと甘さ控えめの方がいい気がする……」
試食のしすぎで混乱しかけている舌をなだめながら、たどたどしく感想を伝える。それを聞いた陸太朗が、腕を組んで考え込んだ。
「もう少しってどのくらいだ? ……砂糖を五グラム、それとも十グラムか?」
「うー……、そんな微妙なこと言われても……」
陸太朗の味覚障害が治らない以上、頼りになるのはあたしの舌しかない。しかし、グルメでも料理の天才でもないあたしの舌に、そこまで繊細な感覚を期待されても困る。
せめて一度味覚をリセットしようと、あたしは歯磨きセットを手に取った。気休めかもしれないが、歯を磨くと口の中がすっきりする気がする。
「とりあえず、それぞれ作ってカステラと合わせてみるしかないか。じゃあ、あんは俺が作っておく」
「ごめん、お願い。あ、でも、五グラム単位だと、結構砂糖の量変わるよね。三グラム単位とかは? 面倒くさい?」
「それでもいいが、まずは五グラム単位で比べてから、細かく刻んでいく方が効率的だろう。フルーツとも合わせなければならないし、そうしたらまた変わるかも――」
話している途中で、陸太朗がふと顔を上げた。バイブ音だ。
「――悪い。ちょっと……」
「また電話?」
あたしは思わず眉根を寄せた。
ここのところ毎日だ。スマホが鳴るごとに、陸太朗はどこかそわそわした様子で廊下へ出ていってしまう。
詮索するつもりはなかったが、ここまで頻繁だとさすがに気になってくる。話を終えた陸太朗がドアを閉めるのを見計らって、思いきって聞いてみた。
「ねえ、やっぱり何かあったの? 最近、毎日電話来るよね?」
「いや……何でもない」
何でもなくはないだろう。もし本当に何でもないなら、話してくれてもいいはずだ。
気もそぞろで落ち着きのない様子。誰にも見えないようにスマホの画面を隠そうとする仕草。声を抑えて廊下でする会話。毎日かけてくる相手に、どうも気を遣っているようで……。
「あ、もしかして、か――」
彼女か、と聞こうとして、とっさに言葉を飲み込んだ。そうしてから、自分の行動に戸惑う。
別に、普通に聞けばいいではないか。ズバッと確信をついたら、観念して正直に答えるかもしれない。
だが、「そうだ」と言われてしまったら――?
そんな答えが返ってきたら、どうすればいいのだろう。
(――いや、どうすればいいって、何よ?)
「? なんだ? 何か言いかけなかったか?」
「え、な、何? あたしは何でもないよ!?」
慌てて首と手を横に振ってごまかした。陸太朗が不思議そうに首をかしげている。
(よく考えるのよ、あたし。陸太朗に彼女なんていないに決まってるじゃん。大体、料理部に入ろうとして彼女候補がわんさか来たくらいなんだし、決まった相手なんていないって。それに、彼女がいたらその人に手伝ってもらえばいいわけだし――)
――そうだ。その通りだ。
あたしは、心の中でうんうんと頷いた。彼女がいないから味見係を募集したのだ。そう考えたら、ぞわぞわと泡立った気持ちが落ち着いた。
気が付くと、陸太朗が作業を再開していた。あたしもあわてて作業に戻る。
コンテストまで時間がない。今はとにかく、目の前のお菓子に集中しなければならない。余計なことなど考えている暇はないのだ。
――しかし、そんな中、事件が起きた。
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