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次の日、逃げ出したい気持ちをこらえて家庭科室へ行くと、立花が汗をかきながらひたすら鍋を煮ている場面に遭遇した。
暴君のエプロン&三角巾姿。あまりのミスマッチに、思わず入口で立ち尽くしてしまう。
「…………」
「そこで何をしている? さっさとこっちへ来て味見しろ」
不機嫌そうな声で怒られ、ハッとする。どうやら現実逃避していたようだ。
とりあえず、立花陸太朗本人に間違いはない。あたしはそそくさと鍋の方へ寄って行った。近くで見るとさらに違和感が増したが、これ以上機嫌を損ねてつんけんした態度を取られるのはごめんだった。
立花に言われた通り、しぶしぶ鍋を覗く。そこではこげ茶色のつぶつぶしたよくわからないものが煮えていた。甘いにおいが漂っているが、あまり食欲をそそられない見た目である。
「なに、これ」
「あんこだ。まだ粒あんの状態だが、ちょうどいい甘さか確認してくれ」
「えー、あんこ? 生クリームとかクレープとかじゃないの?」
「和菓子って言ってるだろう。いいから、とにかく食べてみろ!」
(うう、むかつく……!)
昨日、頭を下げられたのは幻だったのだろうか?
恨めしく思ったが、これ以上言い争っていても仕方がない。お玉で小皿に少しよそってもらい、ふうふうと息を吹きかける。冷ましたそれを口に含み――、表情が抜け落ちた。
「なんだその顔は」
「……あんたこれ……、味つけた? なんかまず……、いや、味がないんだけど」
「そんなわけないだろう。ちゃんと砂糖も入れて、隠し味に塩も入れてある!」
「え、これで? 本当に? あんた、小麦粉とかミョウバンとかと間違えてない? ……あ、じゃあ、分量は? ちゃんと計って入れたんでしょうね!」
勢い良く詰め寄ると、立花は目を横にそらし――、そのくせ、フンと鼻を鳴らした。
「レシピ通りに入れたら、さすがに糖分過多だろう。なにせ、小豆500グラムに対して砂糖550グラムだぞ。あんこを食べたらその半分は砂糖ってことだ。健康に悪そうだろう!」
「えっ、半分は砂糖……? ていうと、あんこ一さじ食べるとカロリーが――じゃなくて!今、そんな情報いらない! 問題は、どれくらい減らしたかってことよ!」
首を大きく横に振るあたしを見て、立花がつぶやいた。
「いや、だから……レシピに書いてある量の四分の一にした」
「――それはいくらなんでも減らしすぎじゃない!?」
あたしは追加で砂糖を入れまくった。もう分量なんてどうでもいい。
甘さを確認しながら、ぎりぎりお菓子に使えそうなものを作り上げてその日は終了した。
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