第一章 霊斬の知られざる一面

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 その日の夜、霊斬は黒の長着と、同色の馬乗り袴を身に纏う。黒の足袋を履き、同色の羽織を着る。懐に短刀を仕舞う。黒の布で鼻と口を隠すと、武家屋敷に足を向けた。  手がかりを得ようと屋根裏に潜り込む。  一番賑やかな部屋の襖を僅かに開け、様子を(うかが)う。  酒を呑み、ある男の愚痴で持ちきりだ。そこには刀の修理を頼んでいった男の姿もあった。商売柄か、人の顔は憶えてしまう。  その男は太刀を持っていたため、修理した刀の持ち主は別にいる。  霊斬はその場から離れた。  屋敷の屋根に腰かけ、考え込む。調べにきたものの、謎が深まるばかり。  ――どうしたらいいもんかな……。  霊斬は曇天の空を眺めながら、店に戻った。      翌日の夕方、曇天の空を睨みつけた霊斬。 そんな彼が出かけようとしたときに、文を見つけた。 手に取って見ると、可愛らしい字が目を惹いた。 『依頼をしてきた男は園田(そのだ)(つな)(よし)。刀の持ち主は富川(とみかわ)義徳(よしのり)。園田家とは主従関係にある。信じれば、此度(こたび)で死ぬことはない』 「いったい誰が……?」  霊斬は首をかしげることしかできなかった。  霊斬は謎の文について考えるのをやめ、修理を始めた。刀部屋にこもる日々が始まる。  入ってすぐに目につくのは、箱鞴と(かな)(とこ)。その右側には水桶と金箸がある。  それらを避けるように空いた、真ん中の空間に腰を下ろす。  袖をたすきで縛ると、慣れた手つきで刀を手に取って作業を始めた。  箱鞴を押し、刀を押し込む。  真っ赤になるまで熱を加えると、すぐに引っ張り出して水桶に浸す。  ジュッ、という音とともに水蒸気が上がる。  それを引き上げると、まだ赤い刀身を金槌で何度も叩く。カン、カン、カン、という音が小気味よい。
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