第二章 何者?

2/11
前へ
/113ページ
次へ
 数日後の朝、霊斬は布団の中で目を開け、寝返りを打つ。  依頼人の憎しみや怒りや悲しみを、幾度となく見てきた霊斬。生きることは惨く、絶望しかないと思っている。  幾度となく訪れる依頼人達は、(わら)にも(すが)る想いで頼ってくる。その姿だけでも、哀れでならない。彼らの心は救われても、俺は決して救われない。  そう思うようになってようやく、この仕事が楽にこなせるようになってきた。  未だに過去のことは(くすぶ)っている。それを気にしていられないほどの、依頼人達の闇を見せつけられ。俺のことはどうでもよくなってしまう。  この仕事をしてから、何度絶望したか分からない。  それほどまでに闇が深い仕事なのだ。俺が始めた手前、最後までやり抜くしかない。  霊斬は諦めと絶望が、ない交ぜになった表情を浮かべた。  霊斬は重い身体を強引に動かして、一階へと降りる。板の間に胡座をかいて、ぼんやりと天井を見上げた。  戸を叩く音で視線を表に向けつつ、立ち上がって引き戸を開けにいく。  一振りの刀を持った男が、不安そうに立っている。 「どうなさいました?」 「鍛冶屋の次郎ってもんですが、この刀、見てもらえませんか?」 「こちらに」  霊斬は支度中の看板をそのままに、次郎を招き入れる。  お互い正座で座ると、霊斬が切り出した。 「見てみますね」  問題の刀を受け取る。  鞘を外そうと静かに動かした瞬間、刀身と鞘の間から液体が(したた)り落ちる。  次郎がぎょっとしたが、霊斬は動じずその液体に指先で触れる。 「この刀はいつ、あなたの許へ、持ち込まれたのですか?」 「今朝です」 「これは血と雨が混じったものです」  指で触れた少しぬるぬるした感触と、今朝の雨から推測した。 「血ですって!?」 「持ち主が雨の中誰かを斬り、血や雨を拭わないまま鞘に収めた。といったところでしょうね」  その証拠に霊斬が鞘を抜くと、刃に血糊がついていた。 「雨が降っていたのに、どうして血が……?」 「小雨だったからでしょう。この刀を持ち込んだ方の特徴は?」 「笠を(かぶ)っていたので、顔までは分かりません。ただ、紋があったような……」 「どのようなものでしたか?」  霊斬は次郎が思い出している間に、筆と和紙、(すずり)の用意をした。
/113ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加