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「それで、聞きにきたわけね? まあ、伝手がないわけじゃあないけれど。烏揚羽に話を聞いてみることはできるよ?」
千砂は考え込む。
「なにっ!? ならば、この家紋がどこの家のものなのかも分かると助かる」
霊斬は目を剥きつつ、懐から取り出した家紋の書かれた和紙を見せた。
「嘘を吐いたっていいことないよ? じゃあ、預からせてもらうから。本人から答えを聞けるかもしれないけれど。じゃあ、またね」
千砂はそこまで言うと、和紙を仕舞って、立ち去った。
二日後の夜、酒を呑んでいた霊斬は、戸を叩く音を聞き、表に向かう。
引き戸を開けても人がいないことが分かり、周囲を見回した霊斬だったが、分からぬまま店に戻る。
「〝因縁引受人〟の幻鷲霊斬さん?」
それからしばらくして、どこからともなく声が聞こえてきたので、刀を手に警戒する。
「そうだが?」
霊斬は警戒心を剥き出しにして答える。
「探しても無駄だよ。この術は解かない限り、姿は見えない。それと、千砂から聞いたよ。あの家紋は光里家のもの。いずれ、姿を見せて話すつもりだから、お預けってことで」
声が少し残念そうに言う。
「これだけ教えてくれ。〝烏揚羽〟なのか?」
霊斬は慌てて声をかける。
「そうだよ。また会う日まで、死なないでね。今宵はここまで。じゃあね」
静かになった部屋で霊斬はふうっと息を吐く。
「あの声が〝烏揚羽〟……か。光里家ならば、旗本で将軍のお気に入りとされているはずだったが」
――そんな奴らに、なんの恨みがある?
霊斬の疑念は深まる一方だった。
翌日の昼間、霊斬はそば屋を訪れる。
「いらっしゃい! 奥へどうぞ」
元気な声の千砂に会釈をし、霊斬は奥の方へ足を進め、腰を下ろした。
「そばをひとつ!」
「かしこまりました」
「なに頼んでるんですかい?」
と酔っぱらった客に絡まれる。
霊斬は聞かぬふりをした。
しばらくするとその客は、霊斬から離れていった。
「幻鷲さん、話さなくて正解ですよ」
話しかけてくるのは、この店の常連客。
「どうかしたのか?」
「ただのやけ酒ですって。女に振られたとかで」
周囲に笑いが起こるが、霊斬は表情ひとつ変えない。
「そんなことで呑んでいたら、身体がもたないな」
「さすが、幻鷲さん! いいこと言うじゃねぇか!」
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