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「刀に血がついておりましたが……?」
「正気に戻ったのが、刀を仕舞った後だった」
「そういうことでしたか」
霊斬は一人、納得する。
「というと?」
その武士が口を挟んだ。
「いえ。では、噂はただのほらであったと。でしたら、その人物が立ち寄りそうな場所はどこですか?」
霊斬はその言葉を聞き流し、話を進めた。
「光里家近くにある自分の屋敷か、賭け場か……」
「ありがとうございます。では七日後にお会いしましょう」
霊斬は武士と別れた。
霊斬はいつもの恰好で、夜中江戸で一番大きな賭け場に足を伸ばす。
戸を開けて中に入ると、五つほどの集団に分かれ、それぞれ賭けに興じている。
商人、下級武士など身分関係なく。
「次はいくら賭けますかい? 十兵衛の旦那?」
という声を聞く。
霊斬は静かに歩み寄ろうとするが、別の男に声をかけられる。
「そこの兄ちゃんよ。少し遊んでいかないか?」
誘ってきた男は、十兵衛の右隣で賭けをしていた。
「ああ」
霊斬は男についていった。
男はその賭け場の仕切り人らしかった。
その集団に加わると、たまたまだが、十兵衛と背中合わせになった。
霊斬は賭けをしながら、十兵衛の方に聞き耳を立てた。
「有り金、全部かけてやらぁ!」
「おっと、十兵衛の旦那、大きく出たな!」
その話を聞いた霊斬は、思わず苦笑する。
――勝てるかどうかも分からない、賭けだろうが。有り金を使い果たすほど、馬鹿な話はないな。
「兄ちゃんの番だぜ」
言われてかけ金を出す。銭五枚である。
「あっちの旦那とは大違いだな」
賭けを続けながら、霊斬は話を進めた。
「有り金をなくす奴は、結構多いのか?」
「ああ。大金をかけるころあいを間違えて、零になっちまうのさ。でも、いつの間にか金を貯めて戻ってくる。その繰り返しさ。あの十兵衛って男もそう」
「あーあ、また負けちまったよ」
そんな中、十兵衛の落胆の声が聞こえた。
話していた男と顔を見合わせ、苦笑した。
「さて、俺はこれで上がるぞ」
「なに言ってんだい! これからがいいところだってのに」
「引き際も肝心だろう」
「それもそうだな」
霊斬は十兵衛を一瞥する。
十兵衛は有り金をすべて使ってしまったことを、おいおいと泣いていた。どうやら、近くで酒でも引っかけたらしい。座っているとき、とても酒臭かった。
十兵衛を鼻で嗤った霊斬は、賭け場を後にした。
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