25人が本棚に入れています
本棚に追加
霊斬が目を覚ましたのは、ちょうど夕餉時だった。
「それにしたって、寝すぎだろうよ……」
溜息を吐いて、身体を起こす。
着替えを済ますと、眠気覚ましに散歩に出かけた。
頬にあたる夜風が、心地いい。
――夜はやはりこうでなくては。
のんびりと夜道を歩いた。
夜目が利く霊斬は、わざわざ提灯を持って歩いたりはしない。敵に対しての目晦ましも含め、闇に紛れるようにしているのだ。
翌日、霊斬は完成させた刀を並べ、店番をしていると一人の武士がやってくる。
「いらっしゃいませ」
「この刀を研いでもらいたい」
「承知いたしました」
その間武士にお茶を出し待たせる。
霊斬は受け取った刀を手に奥の部屋へと入った。
丁寧に何度か砥いでから、武士の許へ向かう。砥いで仕上げるまで、それほど時はかからなかった。
「お待たせいたしました」
武士は刀を受け取ると、鞘を抜いて状態を確かめる。
「いい腕だな」
「ありがとうございます」
武士はお代を渡してくる。
霊斬がそれを受け取ると、店を出ていった。
霊斬はその武士が引き戸を閉めるまで、頭を下げていた。
その後霊斬は、二日ぶりにそば屋へ。
「いらっしゃい! あら、旦那。こちらへどうぞ」
霊斬はいつもの席に座る。
注文を済ませ、そばを待つ。
その間、常連客の一人が声をかけてきた。
「二日も、店、開けてなかったらしいじゃねぇか。大丈夫なのか?」
「二日くらい閉めたって、商売に影響出ねぇよ」
「まあ、腕がいいって有名な幻鷲の旦那なら、それもそうか」
「呑気なことを。あなたも、旦那くらいに働いたらどうです?」
千砂の口調からこの常連客は、まともに商売をしていないらしい。
「千砂ちゃんまで、そんなこと言うなよ」
「自覚しているだけましだな」
「どうなんでしょうね」
霊斬の言葉に、千砂が苦笑した。
「おまちどうさま」
千砂は言いながら、そばを置く。
霊斬は礼を言い、そばを啜る。
その話を聞いていた別の常連客が口を挟む。箸でそばを指さしてみせる。
「羨ましい。俺なんて店二日も閉めちまったら、これにもありつけねぇよ」
「幻鷲さんは真面目に働いているから、それでも平気なんでしょう」
「そういう奴なら、もう一人知っているぞ」
霊斬は千砂に視線を向けた。
「私……ですか?」
千砂はきょとんとする。
「千砂ちゃん、その顔、可愛い!」
「もう! 余計なことを言わないでください!」
「悪かった」
霊斬は言いながら、机に銭を置くと、店を後にした。
最初のコメントを投稿しよう!