序章 夜と昼の顔

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 それに気づかないほど鈍い女であれば、見かけただけで彼に見惚れ、心を奪われかねない。そのくらい、男は整った顔立ちをしている。  眉間に深いしわが寄り、手慣れた様子で刀と金槌を扱っている。  見た目だけで言えば、若侍か、歌舞伎の二枚目と思うのが自然だろう。背中に伸びるひとつに括られた髪は、墨のように真っ黒で、光の反射で艶やかな色合いを出す。  しかし、そんな見た目でありながら、鍛冶屋は似合わないというか、なにかちぐはぐな印象を受ける。  袖はたすきで縛っている。生地は(かち)色で、肌に馴染んでいる。  鍛冶屋〝(げん)(しゅう)〟の(あるじ)。幻鷲(れい)(ざん)である。  客から修理の依頼を受けたり、刀を作ったりしている。腕がいいと噂が広まり、繁盛している。  幾度か金槌で叩いた後の、刀身を水で冷やす。  霊斬は部屋から出る。大きく伸びをした。 「昼時か」  格子から見える空を眺めながら、たすきを(ほど)く。戸締りをして外へ出た。    ほどよく暖かい風が肌を撫でるのを感じながら、ふうっと溜息を吐く。  すれ違う人々の視線を苦笑しつつ受け流す。  あまり音を立てないように気をつけながら、静かに素早く歩みを進める。  霊斬は普段店から近いという理由で、そばを食べる。だが、味が好みでなく、いい加減飽きていた。  足を伸ばして通りをぶらつきながら店を探していると、角にそば屋の看板が見えた。
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