第一章 霊斬の知られざる一面

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 そば屋の暖簾(のれん)をくぐった。 「ごめんよ」  静かな低い声を聞いた客達がいっせいに静まる。 「おやおや、旦那じゃないかい。お待ちになって」  女将が奥まったところの席をすすめ、(くりや)に引っ込んだ。  なにごとかと思っている視線を感じながらも、無視をした霊斬は、奥の椅子に座る。  椅子が悪いのか、霊斬はそこまで巨体ではないのだが、椅子が少し軋んだ。 「おや? 刀屋! 仕事はいいのか?」  そばを掻っ込んでいる男が尋ねた。 「少しくらい休んでも、罰は当たらんさ」  霊斬は薄い笑みを浮かべて、知り合いに軽口を叩く。  ほんの少しの笑みが入る。それだけで周りの男達ですら見惚れる。 「幻鷲の旦那は、真面目だからな!」 「鍛冶町に住んでるのに、偏屈じゃあねぇしよ」  その一言で周囲がどっと笑いだした。 「そう見えるか?」  霊斬はそれに負けないよう、声を張り上げる。 「おうよ! 真面目じゃなきゃ、鍛冶なんてできねぇだろ!」 「まあ、人によるかもしれないが」 「嫁になりたいって女は多いだろ? なんで一人も迎えないんだ?」  水を飲みながら上機嫌な客が尋ねてくる。 「家に誰かがずっといるのは勘弁してほしいんだよ」  ――何より、俺は誰かを守ったり、誰かを(おも)えない。  内心とは裏腹に、霊斬は苦笑した。 「ふうん。偏屈じゃなくても、変わり者なのは間違いねぇな」 「よ、変わり者の旦那!」 「そんなんで、盛り上がるんじゃねぇよ」  席を立って叫んだ男の前までいき、頭を軽く叩いた。  それでも、お互いに笑っていた。  そばを流し込み、霊斬は店を出た。
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