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ポケットの中にはビスケットがひとつ。
ポケットを叩くとビスケットはふたつにはならない。
当たり前だ、バラバラ。粉も散らばりうっとおしいったらない。
そうとも。分かっているさ。
『そんな不思議なポケットが欲しい』
つまり歌詞を書いた人間も、そんな事は起こらないのは知っているのだ。
ちゃんと読まずに『割れてるだけじゃんソレ』とか言っちゃう人は、気が早いのだ。
況してやひとつ試しにやってみようなんて。
ポケットの中にビスケットを放り込む人間なんて、アホの極み。
であるならばその光景は、彼女も見たことがないという事。
「……うそでしょ?」
「なにが?」
「高級フレンチぞ?」
驚愕する彼女に私は微笑んで頷く。
「うん、予約ん時に舌打ち五回くらいしたよ」
「そーゆーのゆーなよ。え、酔ってる?」
「いやべつに」
子供の頃から真面目でクソつまんないなんて言われ続けて、もう干支が三周してしまった。
「アンタのスーツ、本気のヤツじゃん」
「ん?うん、キミはドレスじゃないね」
「いやホテルの上なんて聞いてないし。普通でいいってゆったじゃん」
「え?あ、あーあー。キレイだよ」
「そーゆーことじゃねぇよ」
大声をあげないのは、位置エネルギーが高くて酸素が薄いからなのかも知れない。なんちゃって。
「なんでポケットん中でリ◯ツをパーンした?急に」
全てのクラッカーをリッ◯と呼ぶこの人は、レンタル彼女。
デートの方法を教えて貰うためにレンタルしたのがきっかけ。二回目に水族館、三回目で街ぶらデートを教えて貰った。
四回目で告白させて貰い、お泊りも、ドライブも、旅行も行った。
女性に喜ばれるプレゼント、お洒落、お行儀、マナー、とるべき態度、しちゃいけない事。
傷付いて、泣いている時の慰め方。
笑って、喧嘩して。
全部、全部彼女に、教えてもらった。
朴念仁の私が、漸くここに漕ぎ着けた。
今夜、プロポーズを試みる予定である。
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