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そしてその女性は俺を沈めたまま、水瓶の口の上から木の板を被せた。
そして水のせいでまだ籠もっている音が俺の耳に届いた。
コツ、コツ、コツ……バタン、と。
誰かが部屋の中を歩き、そして扉が閉まる音。
その音を生み出しているのが誰なのかなんてわかりきっている。さっきの女性だ。
真っ暗な水の中で思う。
ラッキー!と。
生まれた瞬間に殺される…というか、捨てられるという経験は何度かあるのでそこまで悲しくはない。むしろ、親の目を気にせずやりたいことをやれるのだから俺からすればありがたいことだ。
基本的には、親は子を大切に思うので子である俺が何か危険なことをしようとすると止めてくる。
それは当然で仕方のないことではある。ただ……本当に申し訳ないんだが、めいわ…いや、動き辛いのだ。
だから俺にとっては早々に親から離れられるということは嬉しいことなのだ。
まぁ俺以外の奴ならどう思うのかは考えるまでも無いし、子を捨てるという行為自体は俺からしても気持ちの良いものではないので推奨はしないが。
まぁ、それはそれ。これはこれだ。
せっかく捨てられたことだし、溺れる前にさっさとここから出て、さっきの魔法みたいなものについて調べることにしよう。
そう思った俺は木の板を力いっぱい押してずらし、水瓶の口に手をかけて這い上がり、地面に降りた。
最初から殺すつもりで生んだのか、服なんかは着せてもらっていなかったので、間に合わせだがベッドのシーツを破って羽織った。
当たり前だが前世とは違う体なので筋力も落ちているのだが、生まれたてにしてはかなり動きやすい方だ。
あの女性とまだ見ぬ父親に一応感謝でもしておこうかな。
間に合わせだが服も作れたし、外に出る準備は整った。早速外に出てみよう。まずは…そうだな…魔法が得意でそれを俺に教えてくれる心優しい人間でも探すかな。いるかどうかは知らんけど。
扉は先程女性が出ていった際にしっかり閉めていなかったので、少し押せば開けることができた。幸先がいいな。
外に出てみると、そこは貧民街のような場所で崩れそうな建物がそこら中に存在している。ところどころにボロボロの服に身を包んだ人間たちが座り込んでいた。
うーん、これくらい多くの人がいると、まだ赤ん坊のこの姿で歩くのはちょっとした騒ぎになりそうで面倒だな。
まぁ、これ以外に楽に出ていける方法なんて無さそうだし、背に腹は代えられないか。ただ、あんまり長く俺の姿を見られるのはいたたまれなくて嫌だし、人が少ないところまで走って行くか。
そう思い至って俺は、ドアを開けるとすぐに走り出し、まずは家の裏側に入り込んだ。
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