いつもココから…

1/1
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
上着のポケットに何気なく手をつっこんでみたら何かが入っていた。指でつまんで取り出してみるとそれは〝指輪〟だった。 「なんでポケットなんかに?」 ポケットの上着の持ち主は旦那である。 何も知らずにベットで寝息をたてている夫。起こさぬようにそっと布団をめくり左手を見る。薬指には結婚前に二人で選んだペアリングがついてあった。 「コイツの指輪じゃないのか…。てことはやっぱり女?その女がアタシに見せる為にわざと旦那のポケットに指輪を…?フンッ!」 最近、帰りが遅いと思ったらそういう事か…。呑気な顔で眠る夫を睨みつける。 8才年下の夫と結婚して10年。子供はいない。思えばここ半年ほど夫は急に帰りが遅くなったし、休みの日も一緒に出かけることが減っていた。まさかとは思っていたが…。 浮気を疑ったことがなかった訳ではないがどこか心の中で「夫が自分以外の女に目を向ける訳がない。」とタカをくくっていた。結婚当初のラブラブ感はないが仲が悪かったわけではない。 少なくとも自分はまだ夫のことを愛している。けれども夫はそうではなかったのだ。 フツフツと怒りが込み上げてくる。 叩き起して白状させようか? そばにあった自分のマクラを手に取り持ち上げて、寝ている夫に目掛けて振りおろそうとした時だった。 「待って…。」 「えっ?起きてるの?」 「・・・」 夫は静かな寝息をたてている。どうやら寝言のようだ。 女の夢でも見ているのか? 「フンッ!何が待ってだ!腹立たしいっ!」 再びマクラを手にしようとしたのだが、何かがおかしかった。さっき手にしたマクラが無くなっているのである。 「あれっ?どこいった?」 キョロキョロ見渡すと棚の上に置かれた写真が目に入った。 夫と自分が写った写真だ。昔はよく二人であちこち出かけていた。まだラブラブだった頃の写真だ。二人とも幸せそうに頬寄せあい笑っていた。懐かしくて胸がキュンとなる。 「そういえば、こんな頃もあったなぁ…。あれっ?? アタシ、こんな写真いつ飾ったっけな?」 ポトン 何かが床に落ち、コロコロと転がって自分の足元で止まった。見るとさっきの指輪だった。 かがんで拾おうと伸ばした左手の薬指に指輪が無いことに気づいた。そこに落ちていたのは自分の指輪だった。 「あれっ?アタシのゆ、び、わ?なんで?」 するとまた夫が言った。 「待って…。・・ミ。」 「えっ?」 「待って…。・・ミ…ボクをおいて行かないで…。」 夫が眠りながら口にしたのは私の名前だった。夫は眠りながら涙を流していた。 「何で泣いてるのよ?どういうこと?おいて行かないでって?……あぁっ!!」 ハッとした瞬間、何もかも思い出した。さっき手にしたマクラが理由(ワケ)、飾った写真、自分の薬指から理由(ワケ)…。点と点がすべて繋がった。 ──半年前、私は事故に巻き込まれ呆気なくこの世を去ったのだ。その日は夕方から雨予報だったのに傘を持たずに出かけた夫に傘を届けるべく駅まで迎えに行く途中だった。 「もうっ、あれだけ言ったのに!」 信号が青に変わり横断歩道を渡り始めた私に向かって赤信号を無視してきたトラックが突っ込んできたのだ。 病院に運ばれる救急車の中、遠のいてゆく意識、 「待って!・・ミ!いかないでくれー!!・・ミぃイイイ!!!!」 夫が泣きながら叫んでいるのが聞こえた。 ──夫の帰りが遅くなったのは一人きりの家に帰るのが寂しかったからだ。夫のポケットに私の指輪が入っていた理由も分かった気がした。 夫が眠るベットへと近づき頬に触れた。 「温かい…。」 自分は今でも夫を愛していると実感する。〝せめてでいいからそばに居たい〟そんな気持ちで指輪を上着のポケットへと戻した時、ベットのほうから夫の声が聞こえた。 「ボクも…」 [完]
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!