本編

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 妙に声が大きかった。彼女は少し驚いてから立ち上がると、同じように礼をしてから「おはようございます、木原さん」挨拶を返した。座ったままでも誰も気にしないのに。 「お、覚えていてくれたんですね!」  昨日の今日でそれもないが、感動で胸がいっぱいになって大喜びしてしまう。奇行と言われても仕方ない位の言動だが、綾小路はニコニコしている。 「はい。昨日はありがとうございました」 「あのっ、俺、一年三組です。綾小路さんって?」  話題などどうしたらいいかを考えて、答えがある何かで当たり障りが無いとか色々思案した結果がこれだった。内容は心底どうでもよい。 「私は一年四組ですよ。お隣ですね」  体育の合同授業、男女が別なので気付かなかったが四組だったらしい。というのも、一組の友達の新田に心当たりがないかを尋ねたことがあったからだ。二組か四組か、残されたのはいずれかだった。 「なんか俺、こうやって話せて凄く嬉しいです。夢みたいで何だか落ち着かないですいません」 「えっと?」 「俺みたいなのと喋って貰えるなんて思ってもみなくて、その、こんなだからあんまり女子と話したりないし……その……なんというか」  あわててしまいまたしどろもどろになるが、綾小路は微笑のまま話を聞いていた。そしてああでもない、こうでもないと言い続けた悠に微笑む。 「私も嬉しいですよ。何か最近良く見掛けるな、って思ってました。お話しできて良かったって」 「そ、そ、そ、そうなの?」  ここに第三者が居ればこう言っていただろう、毎日あれだけガン見してたら誰でも気づくだろうと。鉄道警察に通報されてもおかしくない、とも突っ込むやつもいるかも知れない。 「えっと、じゃ、じゃあまた話し掛けてもいいですか?」 「はい。いつでもどうぞ」  終始笑顔でご機嫌。こんなにも気持ちよい対応をしてもらったことなど全く人生で記憶が無い……というとひかりに叱られてしまうかも知れないが、驚愕ではあった。 「ほ、ほんとに?」 「本当ですよ。木原さんって面白い方なんですね、ふふふ」 「やった!」  悠は何を話したか良く覚えていなかった。電車が学園前駅につくと、残っていたのは嬉しいといった気持ちのみ。踊り出しそうな位のご機嫌で学校にやってくると、生徒玄関で声を掛けられる。 「悠ちゃん、おっはよ!」
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