本編

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 立ち止まり悠を見る、どこか遠くを見ているような目をしていた。ふとひかりは、ずっと先輩以上にはなれないのかと、考えてしまった。そんな詮無いことを悩まずに良いように今日を大切にしようと誘ったのだ。 「ほら、行くよ!」 「はい!」  駅ではなくバス停に向かう。ひかりの家は松濤商店街の外れにあった。以前は何度も料理を教わる為に通った場所、思い出が詰まった場所でもある。 「ね、もうすぐ夏休みだね」 「あと二日ですよ。長いですよね一ヶ月って」  バスから降りて数分、喫茶店が併設されている家に到着した。一旦喫茶店側に顔を出す、従業員は母親一人しかない。客の入りは数人、といった感じ。 「ママ、ただいま!」 「ひかり、おかえりなさい。あら、悠ちゃんじゃない。中学校以来かしらね」 「あかりさん、お久し振りです!」  ひかりの母親のあかり、これが不思議と昔から歳をとっていないように見えてしまう。母娘だなと感じられるような面持ちでもあり、服装次第では恐らく姉妹ではとも思えそう。 「ママ、ケーキ二つ貰うね」  言うよりも早く冷蔵庫を開いていた。あかりも微笑みながら、ホットコーヒーを二つ用意する。ミルクと砂糖を少し入れて。 「熱いから気を付けて持つのよ」 「うん」 「あ、俺が持ちます」 「じゃ、お願いね」  あかりからコーヒーを受け取り、自宅の二階へと上がっていく。この手の店の造りの共通仕様、自宅へは扉一枚で行ける。 「前に部屋に来たのって、いつだったかな」  懐かしいひかりの部屋を見て昔を思い出す。家庭科クラブを辞めてから、個人的に料理を教わったものだと。お陰で自炊が出来るようになり、母親の負担を随分と軽減することが出来たものだ。 「どうしたんだい、ほら座りなよ」 「はい。なんだか懐かしいなと思って。二年ぶりなんですよね」 「そっか、そうだよね。懐かしいって位、来てないんだよね」  妙に切なげな一言だった。時間は残酷で、二人を離れ離れにしてしまった。高校で部活が本格的に始まると、殆どの休みが練習に費やされてしまい、料理を教えるような時間が無くなってしまった。コーヒーを置いて座ると、想い出を語る。 「俺が家庭科クラブに入った時のこと覚えていますか?」 「うん。他に男の子が居なくて、一人だったよね。それで僕が話し掛けたんだよね」
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