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片手を差し出して初めて向かい合って顔を見る。盗み見ているいつものように彼女は可愛らしく、今はなんと自分と視線が合っている奇跡に心臓がバクバクしていた。
「拾っていただけたんですね、ありがとうございます」
丁寧にお辞儀をして笑顔を向けてくる。もし先ほどの女子高生だったら、きっと勝手に触るなとか怒鳴って来そうなものだが、全く性格が違うなとふと思う。
「ああ、笑ってる……良かった」
「……えっと、あの、どうかしましたか?」
一向にスマホを渡そうとしない木原に、どうしたのかと小首を傾げる。またその仕草が可愛らしくてもう、見とれてしまった。数瞬してからふと正気を取り戻して差し出す。
「あ、ああっ、ごめんなさい! ど、どうぞ!」
「ふふっ、ありがとうございます。いつも朝同じ電車ですよね、良く見かけるなぁって思っていたんですよ?」
すぐに立ち去らずに話し掛けてくる、何を言われているのかわからずに、木原はパニックに陥ってしまう。相手が自分を認識してくれていたことが嬉しくて、ある種恐ろしくて。一方的に知っているだけだと信じていたから。
「いやっ、その俺、木原悠です!」
何故かこのタイミングでフルネームの自己紹介をかましてしまう。すると彼女はクスっと笑ってくれて、軽くお辞儀をする。
「はい。私は綾小路柚子香です。スマホ、拾ってくれて助かりました」
「綾小路さんって言うんだ……あ、あのっ! ま、また声を掛けても良いですか?」
ガチガチに緊張しながら勇気を振り絞る。今の今までそんなことを言ったことなど全くと言っていいほどなかった。高校入試の面接でもここまで緊張していない。
「えと……はい、私で良ければ喜んで。いつでもお話してくださいね」
その笑顔に木原は暫く周りが見えなくなってしまった。 心が高く高く舞い上がってしまい、どうにかなりそうで。突然のハッピータイム、不審がられないように落ち付こうと頑張って口を結ぶ。
「では失礼します」
またもや丁寧にお辞儀をして綾小路は眼前を去っていった。そのような振る舞いの人物が周りに居たこともないので、木原は不思議な気分になる。暫く呆然と立ち尽くしていたので遅れて学校にやってくる。生徒玄関には早目に朝練を終えた生徒の姿がちらほらと見られた。
「おっ、悠ちゃんおっはよっ!」
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