10人が本棚に入れています
本棚に追加
否定も肯定もせずにだらだらと話を続ける。原因が女だとわかり、ひかりは何だか悲しくなってしまった。誰かのせいでこんなにも心の余裕を失ってしまっている。なのに自分はここで何をしているのか。
「そう、なんだ……。ごめんね、僕が家になんかまで来ちゃってさ」
「綾小路さん、優しかったんだ……なんか……」
ひかりが視線を伏せてしまい、悠の言葉を聞くまいと踵を返す。これ以上ここに居るのはあまりにも辛すぎると。
「ごめん、僕は帰るね。明日また! ……もう聞きたくないんだ……」
すぐさま部屋から逃げ出そうとすると、悠が言葉を繋げる。別にひかりが帰ろうとしたからではなく、そのままの調子で平坦に。
「……なんか……ひかり先輩みたいで……俺なんかに笑ってくれて……無いよな……嬉しいよ、はは」
「悠ちゃん? 僕みたいだから……嬉しかったの? じゃあ……」
意識して言っていないのは朝からの調子で明らかだ。本心からそうだと言っている、ひかりはえも知れない何かが胸に湧き上がるのを感じた。このまま扉から出て行くと激しく後悔する気がして、勇気を奮って振り返る。
「ねえ、悠ちゃん。悠ちゃんは僕のこと、どう思ってくれてるのかな?」
世話焼きなだけの先輩でもいい、中学時代の知り合いでも構わない。嫌われていないならそれだけで、と心のラインを下げていく。もし痛烈な返事があれば立ち直れないとわかっていても、聞かずには終わらせられなかった。
「ひかり先輩? ……先輩は、俺の大切な恩人です……憧れの人で、尊敬する人です……」
「そ、そうなんだ! 今日はゆっくり休むんだよ悠ちゃん、またね!」
ひかりは軽い足取りで部屋を出た、つい数秒前とは正反対の気持ちになれて。
3
◇
夢から醒めて翌日、朝早くに駅について何故か時計を見ながら数本の電車を見送る。満員なわけではない、目当ての時間が決まっているのだ。
「キタッ!」
定刻のそれに乗ると左右をキョロキョロとして人を探す。日に何本も同じような車両が通過するけれども、一度も違ったものに乗っていたことが無い。今日もドキドキしながら車両を移ると、ついに端に座る綾小路を見つけて歩み寄る。彼女はいつものようにスマホを見ていたが顔を上げた。
「綾小路さん、おはようございます!」
最初のコメントを投稿しよう!