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◇
彼女は、葉書に郵便番号すら書く時間を与えられない俺を待っている。二ヶ月に一回しか会いに行けない俺を、もう十年も待っている。
いや、彼女は俺を待っているのではなく、『訪問予告の葉書』が届くから、家に来るのを待っているだけだ。
だって、彼女から連絡が来たことは一度もないから。
彼女は幼馴染みだ。家が隣同士で、家族ぐるみの付き合いだった。
子供の頃からずっと一緒で、俺は十五歳の夏にラブレターを渡した。
彼女の名前の画数が多くて、何度も何度も練習してから封筒に名前を書いたが、やっぱりバランスが悪くなってしまった。
そのラブレターに綴った想いは彼女に好きな人がいて散ったが、それからも彼女は幼馴染みとして、友達としていてくれている。
俺は、ラブレターを渡した日から二十二年の時が流れてもずっと好きなままだけど。
彼女に恋人が出来ても、俺は会いに行く。友達だから。幼馴染みだから。
今度の相手は誰かな。いい人かな。大切にしてくれる人かな。結婚してくれる人かな。俺から彼女を奪ってくれる人かな。
いつもそう考えている。だって彼女が結婚してしまえば、俺は完全に諦めることが出来るから。
失恋した彼女を慰める時もある。
俺の胸で泣き崩れた時もあった。
彼女の恋が終わりを告げるのは、俺も悲しい。彼女の悲しい顔は見たくないから。笑顔でいて欲しいから。
『笑顔が大好きです』
そう書いたラブレターの気持ちは今でも変わらない。
だから、彼女の涙が出尽くして前を向けるようになったら、また俺は彼女に想いを伝える。
彼女を腕に抱き、耳元で囁く。
『俺の女になって欲しい』
彼女は『嫌ですよ』と答えて、俺の体をすり抜けて、逃げて、笑い合う。
それはいつものお決まりのパターンで、彼女の笑顔が戻ったことに安堵すると同時に、大好きな笑顔が俺に向いてることを嬉しく思う。
◇
結局、ポケットに入れたままだった葉書に宛名を書けたのは、買った日から四日が経っていた。
以前は二ヶ月に一回は彼女に会いに行けたが、今は時間が取れず、前回の訪問から半年が経ってしまった。
ポストを机代わりにして彼女の郵便番号と住所と名前だけを書く。メッセージも俺の名前も書かずに。
笹倉優衣香 様
彼女は俺に笑顔を見せてくれるかな。
久しぶりに会える嬉しさを胸に、俺は葉書を投函した。
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15歳の夏、幼馴染の笹倉優衣香にラブレターを渡した日から22年経った今でも想い続ける松永敬志。
ファーレンハイト第1部はこちらです。
https://estar.jp/novels/26099050
事件捜査が主体の警察小説とは異なり、本作は警察官のプライベートがテーマの小説です。全54話
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