第1章 正統後継者

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第1章 正統後継者

 東京都23区に隣接する進神市。  屋根付きの立派な門には、一枚板でできた木製の看板が打ち付けられていた。  大きな筆文字で『南部桜川流降霊術』と掲げられている。  その修行道場の中で、高校の制服の上から白い羽織をまとった少女が、神棚の前でお祓い棒を振っていた。  黒く長い髪を高い位置でヘアゴムで一つにまとめ、耳前にはひと筋の後れ毛が流れる。  550年続く南部桜川流降霊術、第25代目の正統後継者 ()()桜川(さくらがわ)美紘(みひろ)である。  ◆◆◆◆◆  シャン、シャン、シャンシャン  美紘は、お祓い棒を神鈴に持ち替え、鈴を打ち鳴らす。  何かを、呼び出しているようにも見える。  降霊の依頼者なのだろうか、  後方に控えている20代くらいのスーツ姿の男性が、神棚の前で神鈴を鳴らす美紘を、神妙な様子で伺っている。  シャン、シャン、シャンシャン  そうして美紘は、神棚に備えてある金彩が施された藍色と朱色の、2体のテルテル坊主を丁寧に手繰り寄せ、神鈴と一緒に両手で持つ。 e37c2be1-e87f-41f0-a076-2613337e40bc 「美紘ちゃん、それは?」  後方に控える男性が、身を乗り出して祈祷中の美紘に呼びかけた。 「これは、オシラ様です」  美紘が答える。凛とした声で。 「オシラ様?」 「はい。降霊を執行してくれる屋敷神です。今から、オシラ様を呼び出します」  そう答えると美紘は、さらに神鈴を振り、  打ち鳴らす。  シャン、シャン、シャンシャン  美紘は2体のオシラ様を重ね合わせ、リズムを取る。 「見えざる者ぉ~、曇らざる者ぉ~。読み上げ、頼みたてぇまつるぅ~」  美しく通る声が、道場に響き渡り、  男性は、その声に聞き惚れる。  オシラ様を呼び出す儀式が、本格化した。  シャン、シャン、シャンシャン  美紘は鈴を打ち鳴らす。 「夢のぉことなればぁ、夜はぁ限りなしぃ。呼び合い、誘いたてぇまつるぅ~」  シャン、シャン、シャン  後方に控える男性は、フと周囲が気になった。  道場の格子戸に、異変が起こったような気がしたからだ。  男性は辺りを見渡す。  美紘がしばらく祈祷を続けていると、道場を仕切る格子戸が、本格的にカタカタと震え始める。  カタカタカタ・・・  その音に、男性は前後、そして左右を見渡す。  そのとき、  道場の外から、  小さな妖精のように揺らめく半透明なテルテル坊主が、スイっと格子戸を開けることなく通り抜け、道場の中に入ってきた。  その妖精は、馬の顔をしていた。  そして身体は、人型のテルテル坊主。  馬の顔をした小さな妖精は、祈祷を続ける美紘に呼び寄せられ、くるくると遊ぶように飛び回る。 《おい美紘、呼んだか?》  美紘に近づいた馬の妖精は、呼びかけた。  だが、そんな妖精の姿も、声も、術者ではない男性へは届かない。  後方で控える男性はただずっと、藍色と朱色のテルテル坊主を手に持ち、そして鈴を打ち鳴らす美紘の姿だけを見つめ、彼女の声だけを聞いている。 『あ!馬頭(めず)。来てくれてありがとう。手伝ってほしいの』  シャン、シャン、シャン。  美紘は鈴を打ち鳴らしながら、心の中で妖精に返答する。 『あれ、姫頭(ひめず)は?』  そう言って美紘が周りを見渡すと、  格子戸をスイっと通り抜けて、もう一体の妖精が道場へと入ってきた。 《待たせちゃった?今日は気分がいいんで、賽の河原を散歩してきたの!》  姫頭と呼ばれたその妖精は、美しい女性の顔をしていた。  馬の顔をした馬頭(めず)と、  女性の顔をした姫頭(ひめず)が、  祈祷を続ける美紘の周囲を、舞うようにクルクルと飛び回る。 《今日は降霊か?》  飛び回っていた馬頭が、美紘の右肩にちょこんと座る。 《いい加減お前も、口寄せ。成功させなくちゃな》 『そうなの!だから馬頭、お願い。協力して!』  美紘は、馬頭に念を送る。 《いつも協力してやってるじゃないか。それで、今日はどんなヤツだ?》 『今日、降霊をお願いするのは、この子だよ』  美紘は、呪文を唱えながら神棚に祀った依頼用紙を凝視する。  馬頭は、美紘の右肩から神棚へ飛び移り、その用紙を眺める。 《はぁ~ん、10才で自殺かぁ。やっかいなヤツだな》 《え?どれどれ?》  姫頭も飛んできて、依頼用紙をのぞき込む。  後方の男性が書いたであろう降霊の依頼用紙には、次のように書かれていた。  -----  依頼者の氏名: 梅島(うめじま) 史弥(ふみや)  降霊したい人の氏名: 梅島(うめじま) 弥生(やよい)  続柄:妹  没年月日: 2017年2月28日  享年:10才  亡くなった場所:東京都矢口市 矢口第二小学校  亡くなった時の状況:学校の屋上から飛び降り自殺  -----  それを見た馬頭が、目を細める。 《自殺だったら地獄道か、さもなくば・・・いいとこ餓鬼道か畜生道だろうな  人間が死後に行く世界は天上道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道そして地獄道の6つがあり、これを六道という。  このうち特に罪の重い者は地獄道へ落ち、そこまで罪が重くない者は餓鬼道や畜生道へと送られる。  親より先に、しかも自ら命を絶つ行為は親不孝で、かなり罪の重い行為なのだ。 《馬頭!そこにお兄さんがいるんだから、そんな無粋なこと大声で言わないの!》  神棚から美紘の左肩へと移った姫頭が、後方に控える男性の様子を伺いながら、馬頭をたしなめる。 《ね。美紘ちゃんもそう思うでしょ?》 《どうせ俺たちの声は、人間には聞こえない。平気だろ?》 《もぅ!だから男の人って、デリカシーないんだから》 『ねぇねぇ。ちょっと聞いて!とにかく降霊の依頼!お願い 馬頭、姫頭。私、一人前の降霊術師になりたい!』  2人の言い合いを止めるように、美紘が割って入る。 《分かったよ。でも俺らにできるのは、仏さまの霊魂をこの道場へ連れてくるまでだ。そこから憑依させて口寄せをするのは美紘、お前の力量だからな》 『うん、分かってる』 《じゃあ姫頭。いっちょ行くか?》  馬頭が、美紘の左肩にとまる姫頭に声をかける。 《うん、行こう!》  姫頭も、大きく頷く。  そうして馬頭は、姫頭を伴って天高く舞い上がって行き、  2人のオシラ様は、道場の天井をすり抜け、天へと向かって行く。  その姿を見上げ美紘は、2人の検討を祈っていた。  ◆◆◆◆◆  天高く飛んだ馬頭と姫頭は『六道の辻』へと向かう。  『六道の辻』とは、『この世』と『あの世』の分かれ道だ。 《開け、六道!》  馬頭が叫ぶ。  全国に108個所ある『六道の辻』。  東京都の上空に設置されたのは、六道の辻 第73番ゲートの上ノ口。  馬頭の呼びかけを受け、広がる青空の一端に、ピシッと1本の亀裂が入った。  その亀裂は、馬頭が念を込めるとどんどん広がっていく。  もう少しで馬頭と姫頭の2人が、通り抜けられる大きさになるかと思ったら、  その亀裂が、ピタッと止まってしまった。 《あれ?もうちょっとなのに、これじゃ通れない!》  亀裂に頭から入ろうとしていた姫頭が、残念がる。 《おい、美紘。霊力(パワー)落ちてるぞ。霊力(パワー)アップだ》  いったん姫頭を後方に下げさせ、馬頭が念を送って美紘に文句をつける。 『あ、ごめん。別のこと考えてた』  馬頭の叱責を受け美紘は、神棚の前で神鈴を打ち鳴らしながら「ウンッ」と念を込める。  すると、  今まで姫頭の頭が通り抜けられそうな程度だった控えめな六道の亀裂が、  美紘の念を受け、バッと30mほどの大穴へと広がった。  空を飛ぶ飛行機が、丸まる通り抜けられる程の大きさだ。 《おい、美紘!やりすぎだ。霊力(ちから)をセーブしろ!》  慌てて馬頭が怒鳴る。 《こんな大穴開けたら、カラスが飛び込んで来ちまうだろ!》 『あっ、ごめ~ん!』 《お前は相変わらず、霊力(ちから)の制御が課題だな!》 『もうっ、意地悪言わないで。私だって、がんばってるんだから!』  そうして馬頭と姫頭は、  美紘が開けた30mもある大穴から、『あの世』の世界、『六道の辻』へと飛び込んで行く。  『あの世』の領域へと入った姫頭が、後方の現世を振り返る。  美紘が開けた大穴から、現世の青い空が覗く。 《ねぇ、馬頭》 《なんだ?》  姫頭と寄り添って飛ぶ馬頭が、振り向く。 《私、あんな大きな六道の穴、見たことない》 《そうかもな》  目を丸くする姫頭と対照的に、馬頭は涼しい顔。 《550年前に私たちを呼び出した、桜川(さくらがわ) 秋風(あきかぜ)だって、あそこまでの力は、なかったんじゃない?》 《確かに・・・今まで見てきた24人の後継者、その誰よりもあいつは霊力(ちから)があるかもな。制御はできないけど》  呆れた様子なのか、馬頭はニヤリと頬をゆるませる。  そうして馬頭と姫頭は、2人で『六道の辻』の最深部『転生データベース』へと向かい、スピードを上げていた。
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