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《転生データベース、オープン!》
馬頭と姫頭が『六道の辻』の最深部に着くと、検索ラックのスイッチを入れる。
ゴ、ゴ、ゴ、グイーン
『六道の辻』の最深部『転生データベース』に設置された検索スペースに、500台はあろうかという木製の書架がせり上がってくる。
この書架の中に、亡くなった仏さまの霊魂の行き先が記録されているカードが詰まっているのだ。
死者の魂を呼び寄せたければ、この転生データベースの中から指定のカードを見つけ出し、
『六道の辻』の番をする鬼に渡して、霊魂を連れてきてもらう必要がある。
《えーと。2017年の、梅島のう、う、う・・・》
馬頭は、2017年に亡くなった者が綴じられている書架の引き出しをひとつずつ開け、『梅島弥生』のカードを探す。
2017年の棚だけでも3棚あるので、『2月』の棚を姫頭が、『あ~お』の棚を馬頭が探す。
《ねぇ馬頭。こっちの2月の方にはないよ?》
ひととおり引き出しを開けまくった姫頭が、馬頭を振り返る。
《そうだろう。そっちはだいたいが身元不明者が入っているからな。じゃあ今度は、こっちを一緒に見てくれ》
《うん》
姫頭が馬頭の書架へと駆け寄る。
そうして馬頭とは逆側から、引き出しを開けて中のカードを確認する。
《ねぇ馬頭?》
カードに1枚1枚目を通しながら、姫頭が問いかける。
《なんだ?》
《ねぇ。馬頭は美紘ちゃんのこと、どう思う?》
《どうって?》
《美紘ちゃんは、一人前の降霊術師になれるかな?》
姫頭が、書架から目を離して、馬頭をみつめる。
《美紘ね・・・アイツは霊力だけだからな》
《私も、霊力はスゴイと思うけど、うまく使えてない》
《そういう点、美紘は不器用だから》
馬頭が、書架の引き出しを開けながら、鼻で笑う。
美紘は、歴代の桜川流降霊術師の中でも、生まれつき霊力だけは飛び抜けたものを持っていた。
美紘の母の恵美は霊力が弱く、オシラ様を降霊することさえままならず、後継者が危ぶまれていたところであった。
そこで24代目の後継者、現在の宗匠である美紘の祖母の節子は焦っていた。
恵美に後継が引き継げないとすると、自分の代で桜川流降霊術術が途絶えてしまうのかと・・・
ところがそこにきて、美紘の誕生だ。
節子の喜びようと言ったら、それはものすごいものだった。
美紘に25代目の後継者として期待し、降霊術の修行も母の恵美は放っておいて、小学生の頃から美紘ばかりの入れ込みよう。
しかし美紘には難点があった。
元気があるのは良いのだが、不器用なのだ。
自身の余りある霊力をうまく制御できず、常に全力開放。
それは、術者の霊力を力の源とするオシラ様にとっては都合がよかったが、
力の弱い仏さまの霊魂にとっては、いささか強力すぎた。
せっかくオシラ様が、六道から仏さまの霊魂を連れてきても、美紘へ憑依させることができず『口寄せ』ができないのだ。
無理やりにも憑依させようと、オシラ様が霊魂を美紘の中に押し込もうとすると、
美紘の強力な霊力を浴び続けた仏さまの霊魂は『この世』への未練や遺恨が浄化され、憑依する前に気持ち良くなって成仏してしまうのだ。
一度成仏した仏さまは、また再びこの世への未練や遺恨が蓄積するまで、いくら六道の番人が呼んだところで『この世』に戻ることはない。
そのため、霊力が強くオシラ様を自在に操れたとしても、美紘は今まで一度も『口寄せ』が成功できなかった。
これが、美紘が降霊術師としてまだ『半人前』で、後継者を引き継げないゆえんでもある。
《お、あったぞ。梅島弥生・・・10才》
馬頭は、書架の中から1枚のカードを取り出した。
《じゃあ、番人のところまで行って、呼んでもらいましょう》
姫頭が、馬頭の袖を引き、整然と立ち並ぶ転生データベースの書架の向こうにある、六道の番人の詰所を見やる。
《ん?》
《どうしたの?》
カードを見て眉をひそめる馬頭に、姫頭が声をかける。
《梅島弥生・・・転生先が、人間界になってる》
《それが?》
《10才で、自殺だぞ。おかしくないか?》
《あら、よかったじゃない。依頼者のお兄さんだって、喜ぶわよ》
《だがな、姫頭・・・》
《ホラ!早く連れてきましょうよ。美紘ちゃんが待ってるんだから!》
《分かったよ》
姫頭に尻を叩かれた馬頭が、梅島弥生の転生カードを持って、六道の番人の元へフワリと飛んで行った。
◆◆◆◆◆
馬頭と姫頭は、六道の番人から梅島弥生の霊魂を引き渡された。
霊魂と言っても、見た目はゆらゆらと炎ゆらめく人魂だ。
馬頭と姫頭は、梅島弥生の霊魂を引き連れ三途の川へと向かう。
屋敷神である馬頭と姫頭だけなら自由に行き来できるのだが、人間の霊魂を『この世』に戻すには、三途の川を逆に渡らなければいけない。
三途の川の彼岸側の船着き場で、鬼が操る渡し舟が来るのを3人で待つ。
馬頭が三途の川の向こう側に目を凝らすと、
現世で亡くなった者たちを満杯に乗せた渡し舟が、こちらに向かってくる様子が見えた。
渡し舟が彼岸の船着き場に着き、そして、
鬼の役人たちが金棒を振りかざして死者を彼岸へと下船させる。
《おい、船頭さんよ》
ひととおり下船が済んだ頃合いを見計らって、馬頭が鬼の船頭に話しかける。
《通行証はある。この霊魂を此岸まで乗せてはくれんか?》
そう言うと、姫頭が懐から巾着袋を取り出し、中から六文銭を鬼の船頭に渡そうとした。
三途の川を渡る通行料は、昔から六文と決まっているのだ。
ところが鬼の船頭は、その六文銭を受け取ろうとしない。
《行きは六文かもしれんが、帰りは十八文だ》
《えっ、何?そんな話、聞いたこともない》
六文銭を握る姫頭の目が丸くなる。
《1人十八文で3人だから、合わせて五十四文だ》
《えっ?!私たちの分まで取るの?》
鬼の船頭に文句をつけそうな姫頭を、馬頭が引き留める。
《いや、姫頭。帰りの船賃は、正式には定められいない》
《でも!この鬼取り過ぎ!》
《帰りは、何もかも船頭の気分次第。機嫌を損ねちゃ、このお嬢ちゃんを此岸へ連れていけないぜ》
《じゃあ、どうすれば?そんなお金なんてないよ?》
財布を預かる姫頭は、不服そうだ。
《おいっ、美紘っ!》
念を込めて、馬頭が呼びかける。
『なに?どうしたの?』
道場で祈祷を続けている美紘が、念で返答する。
《三途の川の、帰りの船賃が足りねぇ。もうちょっと用立てしてくれ》
『お金?うん、分かった』
そうして美紘は、神棚の前でシャンシャンと鈴を鳴らし「えいっ!」と気合を入れる。
すると、
姫頭の持っていた巾着袋の中から、黄金色した小判がどんどん溢れ出てくる。
《え?ちょっと!》
巾着袋から、ジャラジャラとあふれ出る小判に姫頭は引く。
その小判は、渡し舟の上にどんどん積み重なっていき、しまいには鬼の船頭が慌て出す。
《船が沈んでしまう。もうこの辺で勘弁してくれ!》
そうして馬頭と姫頭と梅島弥生の霊魂は、無事に三途の川を逆戻りすることができた。
そんな中、小判で埋め尽くされた船上で、馬頭がボソリとため息を漏らした。
《アイツには、加減ってもんができないのか》
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