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『井萩池』は、世間で言われているほどのパワースポットではない。
それが、将真の出した結論だった。
これは美紘の『パワースポット』に関する取材、『井萩池』に対しての回答。
その理由を問うと、
「井萩池から『変わった様子』は見受けられない」からだと言う。
「『変わった様子』っていうのは、どういうところから見て取ってるんですか?」
美紘が突っ込んで聞く。
「桜川さんだったら分かると思うけど、こう念を研ぎ澄ませて、ジーッと見れば・・・」
そうカフェの壁紙にかかる、額縁をジッと見据える。
「イヤでも。それ、一般向けの新聞記事にできないよね」
「あ、ダメか」
「もうちょっと、第三者から見たときに分かる表現って、ない?」
「肌感?」
「抽象的過ぎ」
「難しいものだな・・・」
将真はしばらく頭を悩ます。
「ほんとうは『喜孝の亡霊』に異変が起こりそうかどうかで、判断しているんだけど・・・」
将真は、パワースポットの力の影響を受けて、例の『喜孝の亡霊』に余計な力がついてしまわないかどうかを調べているという。
『喜孝の亡霊』が、今までにない力がついてしまったら、周囲の人へ与える被害が増えてしまう。
そうならないよう、するために。
美紘は、そんなことを口にする将真を見て思う。
そもそも『武将の怨霊』に悩まされて、クラスの誰とも友達を作らず、つらい思いをしているだろうに、
それでも腐らず、人の心配をして、悪霊の行動を管理しようとしているとは。
そんな将真は、正直にすごいと思った。
彼の心がけもそうだが、パワースポットの強弱を測定できる彼の霊感についても。
きっと彼の霊視能力は繊細で、感度が高いのだろう。
美紘はそういう、細やかなところが苦手なのでよく分からないが。
でも、そういうところだったのかもしれない。
宗匠の節子が、彼に目をつけた理由も。
節子があれほどに入れ込む将真。
きっと、類まれなる霊感を持っていることだろう。
姫頭に聞くと、若い頃はずいぶんモテていたという、そんな節子の、お眼鏡にかなった男性。それが将真。
そういう『男を見る目』も、養っていかなければと美紘は思う。
そう思いフと将真を振り返ると、テーブルに手を置く将真の左肘が、美紘の右隣りあと15cmのところにある。
あと15cm身体を右に傾ければ、将真の左肘に触れられる距離だ。
--あ、そっか
美紘は今日の目的を思い出す。
リベンジだ。
将真の気を引くのだった。
将真の気を引いて、再交渉を有利に進める。
『武将の怨霊』を借りて、憑依の修行をする。それは美紘が一人前の降霊術師になるため。
美紘は意を決したように、まだ泡の残るアイスカフェラテのグラスを手に持ってグイと傾ける。
そうして一口飲むと、美紘の口元には薄く白髭のような跡が。
「あ。ちょっと紙ナプキンもらうね」
美紘はそう断って、右隣にいる将真の、更にテーブルの右奥に置いてある紙ナプキンへと手を伸ばす。
テーブルに覆いかぶさるようにして、美紘は右手を伸ばす。
右手を伸ばして、
なんなら美紘は背を反らし、自身の右の胸を前へと突き出す。
目指すは将真の、左肘。
--あと、5cm!
美紘の右胸が、もう少しで将真の左肘へと到達する。
右の胸を、将真の左肘にチョンと当ててやるのだ。
--ほんとうに、やっちゃうよ!
節子直伝の奥義『女の武器』。
それは『胸で、意中の男性にボディタッチする』こと。(ただし、偶然を装う)
美紘はもう一度エイッと右の胸を張る。
将真の左肘めがけて。
あと1cm。
あと1cmで将真の左肘に触れる、そう思った瞬間。
将真が、
左肘をひっこめた。
--あれ?
将真の左肘までの距離は、
10cmにまで戻ってしまった。
--くっそー。あと1cm胸が大きかったら、
今頃は目的達成してたのに!
それでも美紘はめげない。
右手を更にテーブルへ伸ばし、身体を傾ける。
もう10cm、将真に右胸を近づける。
--どうだっ!これで届けっ
けれども、
美紘の控えめな右乳は、まだ将真には届かない。
ムムムムム・・・
頑張っても報われない。
この現状を思い、
限界まで背を反らす美紘の脳裏に、ある疑問が浮かぶ。
--こんな風に身を削ってまでして、私は何してるんだろ?
しかし、乗りかかった舟。
目的を達成するのだ。
美紘は最後にエイッと、右胸を突き出す。
だが、
今度は将真が、座る位置をずらして、身体全体を右へと避けてしまった。
これにより将真との距離は、20cmへと拡大し・・・
カン、カン、カン、カン
試合終了~!
--おばあちゃん、ダメだったよ
おばあちゃんはできたのかもしれないけど
この作戦、私の胸には、ちょっと無理があったみたい
美紘はあきらめて、
素直に紙ナプキンを2枚取った。
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