第6章 女の武器 と 男の決意

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「ねぇ、折本くん・・・」  アイスカフェラテの泡がついた口元を、紙ナプキンでぬぐった美紘が、おもむろに口を開く。 「どうしてそんなに、端っこに座ってるの」  将真はボックス席の、右の末端にまで追いやられていた。 「桜川さんが、紙ナプキンを取りやすいように」  美紘は、節子直伝の『女の武器』を使おうと将真へ迫ったものの、  あと1cmというところで右奥へ逃げられてしまい、  あんなに恥ずかしい思いまでして、身を削ってトライしたのに、目的が達成できず、無粋な彼にイラつきを覚えていた。 「もうっ!」  美紘は嫌がらせに、お尻をもたげて右へにじり寄り、将真との距離をわざと詰める。  美紘の目的を、ことごとく打ち砕くこの男。  くやしくて、意地悪してやらなければ気が済まない。 「近いって、戻れよ。それか、向こう側の席が空いてるんだ。そっちへ行ったらどうだ」  ボックス席の右端で、身体を小さく縮こませて将真が不平を言う。 「なによ、迷惑?」 「寄りすぎだよ。迷惑って言えば、迷惑」 「それは良かった。だって、意地悪してるんだもん」 「なっ・・・おまっ」 「なんて、ウソウソ。」  文句を言い出しそうな将真を尻目に、美紘が席を立ってボックス席の向かい側の席へ行き、ストンと座る。 「なんもかんも上手くいかないんでね。やつあたり」  先日は『武将の怨霊』をお祓いしたいと言ったら、断られた。  そして今日は『女の武器』も、使えなかった。避けられたので。  では、どうすれば美紘は『武将の怨霊』を使って、憑依の修行を積めるのだろうか。  頼みの綱だった荒業(リベンジ)では、将真の気も引けなかったし、  あきらめるしか、ないのだろうか。  美紘にしてみれば、手ふさがり。  やつあたりだって、したくなる。 「どうした?」  美紘が対面の席に移ったことで、広くなったボックス席の真ん中に座りなおした将真が声をかける。  いつも明るい美紘が、  今日はいきなり近づいてきたり、今は腐った様子になったりで、気にかかる。 「折本くんはさぁ」  美紘は取材用のメモとペンをテーブルの端に寄せ、アイスカフェラテを傾ける。 「例の『亡霊』に悩まされて、苦労してるんでしょ?」 「あぁ」 「だから私が『お祓い』するって」  美紘が将真をジロリと見据える。再交渉だ。 「それは、いいよ」  将真の返答は、即座に否定。これでは話にもならない。 「どうして? 」  だが、美紘も食い下がる。 「私だったらタダでやれるけど、これが本式の浄霊師に頼んだら、50万円はするんだよ?」 「50万円?」  将真の眉がピクリと反応した。 「え?」 「50万円で、浄霊師に依頼できるのか?」  いけない、いけない。  心霊処置の相場をもらすことは、警視庁の守秘義務の範囲だった。  全国の警察が桜川流降霊術に、いくらくらい支払っているのか、想像がついてしまう。  今さらながら、美紘は慌てて口を手でふさぐ。 「えー、コホン。っていうか、今の時代に心霊処置は流行らないし、後継者がいなくて数が減ってるから。どんどん相場は上がって行っちゃうんだよ」 「そうか。大変だな」 「ウチも大変だよ」 「でも桜川のところは、キミがいるだろ?」 「私?」 「桜川は、降霊術の後継者なんだろ?」 「私かぁ・・・」  そう言って美紘は、窓の外へと視線を移す。 「私はいつになったら、後継者になれるんだろ。まだ先は長いかなぁ・・・」 「そうなのか?」 「誰かさんは、協力してくれないし」 「誰だよ」 「・・・・・」  美紘は、将真をジッと見る。 「何でだよ、俺か?」 「いいじゃない。貸してくれたって」 「貸す? 何の話だ、いったい」  そう将真が問うので、  美紘は何故、自分が桜川流降霊術の後継者になれないのか、どういった能力が不足しているのか、ボヤきまじりに愚痴る。  桜川流降霊術の主な業務は、死者の霊魂を降霊させての『口寄せ』であること。  しかし美紘は、25代目の正統後継者候補でありながら、まだ一度も『口寄せ』を成功させたことがないこと。  美紘が自分の霊力を制御しきれず、いつも霊魂が自分の身体に憑依する前に成仏し、いなくなってしまうこと。  霊力を制御する術を身につけるための荒療治として、美紘の霊力を浴びても成仏しない程、未練の強い霊魂を呼び寄せ、一度無理やりにでも霊魂を憑依させる経験を積む修行が必要なこと。  だがそんな強力な霊魂などそこらにいる訳はなく、  やっと見つかったのが、将真に憑いている『武将の怨霊』。  貴重なチャンスが到来したのだ。  しかし将真には『武将の怨霊』を貸してもらうことを断られ、美紘はいつまで経っても一人前になれない。  ブー垂れたくもなる。  そんな文句を口にして、美紘は唇を尖らせ、拗ねる。 「なんだよ、それ」  その話を聞いて、将真は思わず眉をひそめた。 「そんなこと、言ってなかったじゃないか」 「言ったら、貸してくれたの?」 「・・・・・」  将真は、言葉に詰まる。  美紘の話によると『喜孝の亡霊』を利用したいのは、憑依させることが目的だと言う。  そんな危険なこと、正面切って依頼されたら答えは決まっている。  『ノー』だ。  とにかく将真は『喜孝の亡霊』がこれ以上、誰にも迷惑をかけることのない未来を望んでいた。  あれほど禍々しい怨霊を放つ『喜孝の亡霊』を、軽々しく美紘に憑依させて、  その結果、万が一にも美紘に悪影響が残りでもしたら・・・  それは将真が『一番望んでいないこと』だ。  だが、  先ほど美紘と話していたときに、ひとつ興味深い話があった。  美紘の話では、本式の浄霊師に頼んだら50万円で『喜孝の亡霊』を浄霊させられるという。  『喜孝の亡霊』を浄霊させる。  『浄霊』とは、おそらく彼をこの世から消え去らせることだろう。  将真は、そんな未来の可能性に頭を巡らせた。
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