第1章 正統後継者

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「梅島さん、ごめんなさい・・・」  スンスンと鼻をすする美紘に、梅島が優しく声をかける。 「いや、こっちからお願いしたことだから。美紘ちゃんが気に病む必要はないよ」 「でも・・・私はもう一生『口寄せ』ができないかもしれない」  美紘が弱気にうつむく。 「大丈夫だよ。美紘ちゃんはまだ若いんだし」 「ありがとうございます。でも・・・そんな『慰めの言葉』も、私にはつらい。要は『無能』ってことじゃないですか」 「そんなことないよ。これから修行すれば・・・」  元気を取り戻す様子もない美紘に、梅島も困り果てる。  そこへ、 「あら・・・」  道場の入り口で、そんな声がした。  美紘と梅島が振り向くと、道場の格子戸を半分開けて美紘の祖母、現在の宗匠(24代目の後継者)である節子が、着物姿で道場の2人をみつめていた。 「あ、おばあちゃん!」 「美紘。道場では『宗匠(そうしょう)』とお呼びと、言ってあるでしょう」  そう言って節子は、美紘の後方に佇む梅島へと頭を下げる。 「これは梅島さん。いつもご苦労さまです」 「どうも、おじゃましてます」  梅島も、礼儀正しく節子に頭を下げる。 「美紘、ちょっと・・・」  そう言って節子は、美紘だけ手招きする。  美紘は、梅島にペコリと断ってから、道場の入口へと歩を進める。 「なに?」  入口の陰で、節子が声を潜める。 「今日はどうしたの?梅島さんまで連れてきて、仕事?」 「ううん、仕事じゃないよ。私の修行を、手伝ってくれたの」 「仕事だったら、ちゃんとお金取らなきゃダメよ。桜川流降霊術を安売りしちゃダメ」 「分かってる、仕事じゃないって。知ってるでしょ? 私はまだ『口寄せ』ができないんだから」 「そう・・・」  そうつぶやいて、節子は道場の真ん中でまっすぐと神棚を見つめる梅島に視線を送る。  凛々しい眼差しが眩しい好青年だ。 「でも、梅島さんはやめときなさい」 「はいぃ?」 「見た目に惑わされちゃダメ。美紘は昔っから面食いだから」 「何のこと言ってますかぁ?そんなんじゃないんですケド」 「だって梅島さん。霊力ないじゃない」  節子が言葉を継ぐ。 「桜川流降霊術の後継者は、霊力の強い人と結婚して、霊力の強い女の子を産まなくちゃ。それがあなたに与えられた宿命だから」 「また、その話?」 「おばあちゃんだって美紘と同じくらい、18才の頃よ。修行先の恐山で(いさむ)さんと出会ったのは」 「私はまだ17だって!」 「そうして猛アタックして、結婚したのは20才よ?そしてあなたのお母さん、恵美を産んだんだから。美紘、いい? イイ男がいたら『女の武器』を使いなさい」  いつも聞かされている話に、美紘がしょっぱい顔をする。  別に美紘は梅島のことを狙ってもいないし、『女の武器』だって何のことだが分からない。 「梅島さん」  節子は美紘にひととおり伝えたいことを伝えたので、今度は道場の中へと入り梅島に歩み寄る。 「美紘の修行におつき合いいただき、ありがとうございます」 「あ、はい。これからの本署の未来は、美紘さんにかかっていますから」 「そうね。私も全国の警察署へ出張するのが、辛くなってきて。もう年かしら?」 「いえ。宗匠様には現役で頑張っていただいて、その間に、美紘さんに後を継いでいただければ」  南部桜川流降霊術の降霊術師は、江戸の昔から、警察と二人三脚で難事件を解決してきた。  江戸の頃は町奉行所と、明治に入ると東京警視庁と連携し、被害者など亡くなった証人を『口寄せ』し、死した目撃者から証言を集め、そうして真犯人を突き止めてきたのだ。  今でも警察が急転直下の動きを見せ、唐突に難事件を解決することがある。  その陰にはいつも、南部桜川流降霊術師の、24代目である節子の暗躍が警察の情報網を支えていた。  だが今の時代『降霊で情報収集した』と知れると、  『科学的根拠があるのか?』という議論や反発、そこに支払われる税金の無駄遣い等、批判が絶えなくなる。  そこで警察と桜川流降霊術がお互いに支え合っていることは、一切の国家秘密となっているのだ。  という具合なので桜川流降霊術としては、死者からの『口寄せ』が特に重要な能力で、収入源となる。  しかし25代目の正統後継者候補の美紘は、ご存じのとおりこの『口寄せ』ができない。  それを心配した警視庁の若手刑事、梅島が、美紘の能力開発のための修行に力を貸していたのだ。 「梅島さん」  節子は、美紘を振り返る。 「梅島さんは美紘が、どうして『口寄せ』が苦手なのか。その原因は把握していらっしゃいますか?」 「あ、いえ。そこまでは」  梅島も、礼儀正しく節子に向き直る。 「美紘は、霊力の制御が苦手なんです」  節子は、先ほどの降霊で馬頭と姫頭が指摘した美紘の欠点を語り出した。
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