第2章 禍根の男

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第2章 禍根の男

《裏切り者・・・お前を殺してやる》  また、声がする。  いつまで付きまとうつもりなのかと、将真(しょうま)の気が滅入る。  高校の校舎から出て将真は空を見上げ、今日一日、何も起こらないことを願った。  ◆◆◆◆◆  そんな帰り道、将真は商店街の歩道を歩いていると、  一陣の生ぬるい風が吹き抜けた。 --最近アイツは、風を覚えてきたから・・・  そう思い、  ひとり立ち止まり、耳を澄ませる。  商店街では人々が行き交い、子供が母親と手をつないで歩いている。  「キャッキャ」とはしゃぐ男の子が、母親の手を振り切って先を駆ける。  そんなとき、  将真の頭上で『キィ』と軋んだ音がした。 --来た  将真が頭上を見上げると、高さ3mはあろうかというオモチャ屋の看板が、風にあおられ、将真めがけて倒れ込もうとしていた。  大きな看板が、倒れ込んで来る。  バターンッ  オモチャ屋の看板は、大きな音を立てて倒れ込んで来たが、  最初からそれが分かっていたかのように、将真はヒラリと身を翻す。  おもちゃ屋の店主は、大きな音に驚いて店先から顔を出した。  そして、自らの店舗の看板が歩道に倒れ込んでいる様子を目にして、ゴクリと息を飲む。  将真は周囲に視線を巡らせ、この犯人を捜す。  この犯人・・・  オモチャ屋の看板が取りつけられていた柱を見上げると、ゆらめく人影が見える。  所々ほころびを見せる甲冑を全身にまとった武将の影が宙に浮き、陽炎のように半透明なその姿を浮かべていた。 《裏切り者め。お前の一族を根絶やしにしてやる》  揺らめく武将の影が、将真に向かって禍々しい言霊を放つ。  いつも、いつも、いつもこの男が口にしている言葉だ。  空中に揺らめく、その鎧兜の姿。  戦国時代の落ち武者のような、姿かたちをした怨霊。  将真はその陰鬱たる武将からの、聞き飽きた台詞にただ唇を噛む。  いつまでコイツは、自分の後を付け回すのか・・・  と、そんなとき、 「ま、正人(まさと)!」  女性の声に、ふと我に返る。  見るとオモチャ屋の看板の脇に、男の子が倒れ込んでいた。  その男の子の母親なのだろう。  子供の名を呼びながら、駆け寄ってくる。  しかし男の子は、倒れ込んだまま動かない。 --まさか 「正人?ちょっと正人!」  母親が男の子に呼びかける。  その様子を見て、おもちゃ屋の店主も慌てる。 「だっ、大丈夫ですか?」 「正人!正人、返事しなさい!」 --まさか・・・俺が避けた看板に、子供が巻き込まれた?  将真の胸が、ドキリと締め付けられる。  ピクリとも動かない男の子を見ると、足がすくむ思いがする。  まさか・・・  まさか自分のせいで子供が、  関係のない子供の将来を、閉ざしてしまうことになってしまっては、この母親に何て申し開きをすればよいのか?  そんな恐怖にかられる。 --どうして!なぜ、こんなことに・・・  と、すると 「うわっ・・・うわっ・・・」  男の子が、しゃくり上げるような声をあげる。 「うわーん!」  泣き出した男の子を見て、母親が抱きしめた。  そして、  母親と店主が、男の子の容体をあちこち確認する。  ひと通り調べると、母親と店主がホッとひと息つく。  よかった。  どうやら命に別状が及ぶような、事故にまでは発展していなさそうだ。  今回は良かったかもしれないが、  これが本当に、看板が子供へ直撃していたらと想像するとゾッとする。  そんな原因を作ったあの、ゆらめく武将の影を見上げ、将真は睨みつける。  落ち武者にも似た、不気味な亡霊。 《チッ・・・仕留め損ねたか》  悔しがる武将の影へ、将真は念を送る。 『お前が狙っているのは俺じゃないのか?他のヤツを巻き添えにするな』 《知ったことか。ワシは、お前に復讐ができればいい。今度は絶対に、息の根を止めてやる》 『だったら、俺だけにしろ。俺だけを狙え』 《この恨みは忘れないからな、孝総(たかふさ)覚えていろ・・・》  そうつぶやくと亡霊の姿は、ゆらゆらとその影を薄くしていく。  武将の影が消えると、将真は男の子に視線を戻す。  男の子は泣いて、  母親が、男の子を抱きしめている。  罪のない親子を巻き添えにしてしまった。いたたまれない光景。 --俺の、せいか・・・  将真は唇をギュッと噛みしめ、罪悪感に胸が締め付けられた。  ◆◆◆◆◆  将真がこのように、武将の亡霊に悩まされるようになったのは、彼が小学4年生の頃。  その頃は東京都の郊外にある矢口市に住んでいた。  将真は物心ついた頃から、ゆらゆらとゆらめく人魂(ひとだま)が見えるような気がしていた。  だが幼稚園の友達にはまったく見えないらしく、自身も錯覚だと思っていたし、友達も取り合ってはくれなかった。  それが小学4年生になった1/2成人式とき、急にエスカレートする。  気のせいか 《おい》 と呼ぶ声がするのだ。しゃがれた男の人の声で。 《おい、返事をしろ》  そう、呼びかけてくるのは例の人魂。  そこで将真は、やっぱり人魂は気のせいじゃないことを改めて認識する。 《おい、お前は、ワシの姿が見えるのか?》  そう、人魂は聞いてきた。 『うん』  と心の中で返事をすると、人魂は饒舌になって将真に話しかける。 《ようやく見つけた。お前は孝総(たかふさ)の生まれ変わりだな?良く似ておる》 『誰それ?知らない』 《この時を待っていた。やっと念願が叶う》 『念願って?』 《なぁ孝総よ。お前はなぜワシを、我らを裏切ったのだ?》  そのようなことを言われても、小学4年生の将真には思い当たる節などない。  孝総という人物も、どこの誰のことだか見当もつかない。 『なんのこと?』 《お前のせいで、我らがどんな目にあったか、覚えているだろう?》 『え?知らない』 《知らないで済ませられることか!お前はあんなに、ワシらに酷い仕打ちをしておきながら・・・》  気味の悪いことに、  それ以降、人魂は同じようなことを将真に言い続けるようになる。 《お前はなぜ、我らを裏切った?》 《今度は、お前たちの一族を根絶やしにしてやる》 《この恨み晴らさずにおけるか。孝総、お前を殺してやる》  男の声が強まる度に、人魂の姿は大きく膨らんでいき、  しまいには、甲冑を来た落ち武者のような風体で、将真の前に現れるようになった。  もう既にこれは『人魂』というレベルではない。  そして 《孝総、お前を殺してやる》 と繰り返すのだ。  意味が分からない。  将真には『孝総』という知り合いすらもいない。  それからというもの、  来る日も、来る日も、  毎日毎日、下里(しもさと) 喜孝(よしたか)と名乗るこの亡霊に、恨みつらみをを吐き捨てられる、将真の苦悩の日々が続いた。
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