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時は天文20年(1551年)、周防の国(現在の山口県山口市~防府市付近)にて『北斉寺の変』という事変が起こる。
これまで可愛いがられていた家臣により、殿が暗殺されてしまう出来事だ。
戦国時代であれば、よくある話。
かの有名な天正10年(1582年)の『本能寺の変』も、似たような出来事。
ところが織田信長と違っていたところは、
『北斉寺の変』で討たれた下里喜孝は、死んでからも謀反人の折本孝総を許さなかったこと。
討たれた下里喜孝は生前、折本孝総を小姓として溺愛していた。
だからこそ、
そんな寵児に裏切られたのだから、
その恨みは100倍にも、1000倍にも膨れ上がった。
その執着は、喜孝を怨念化した。
孝総へ復讐するために。
喜孝の怨霊は、何年も何十年も、何百年も孝総の子孫を見張り続けた。
チャンスが巡ってくる、そのときまで。
いつか自分の姿を認識できる者が現れる日まで。
・・・そして遂に470年の時を越えて、折本孝総の生まれ変わりが、喜孝の姿を認識できるようになる。
その人こそが現代の折本将真、10才での出来事だった。
◆◆◆◆◆
《お前はなぜ、ワシを裏切ったのだ?》
《今度はお前たちの一族を根絶やしにしてやる》
小学校の教室で、
一日中『喜孝の亡霊』は将真の耳元で囁く。
休み時間も、授業中も区別なく囁く。
もう、正直ウザい。
不穏な言動はするものの『喜孝の亡霊』は、結局実害は及ぼせなかった。
『喜孝の亡霊』が、将真に触れられる訳もなく、
将真も『喜孝の亡霊』には触れられない。
ただ姿が見えて、うるさいのみ。
次第に将真も『喜孝の亡霊』をシャットダウンする術を身につける。
意識のボリュームを『喜孝の亡霊』から絞ってしまえば、彼の声は小さくなり、終いには聞こえなくなる。
目も意識さえすれば、喜孝の姿を素通りさせるようにもできる。
こうして将真は、うるさい『喜孝の亡霊』をいなして、
なんとか小学4年の学校生活を、平穏に過ごすことができていた。
人間の適応能力とはいかに素晴らしいものか。
将真は『喜孝の亡霊』を無視することに成功した。
ところがある日、その事件は起こる。
◆◆◆◆◆
将真が放課後、クラスの掃除当番で校舎の裏手までゴミ捨てに行っていたときのこと。
ゴミを捨て終え、校舎沿いを歩き、教室へと戻っていたところ、
校舎の屋上から、目の前に人が降ってきた。
ドスンと音を立てて。
「え?」
ともすれば、もう少しで屋上から降ってきた人と、ぶつかるところだった。
目の前に人が落ちてきたとき、
鼻先にヒュっと、風そよぐ感覚があった。
将真は、目の前に落ちてきた人影を凝視する。
女の子だった。スカートを履いた。
落ちてから、ピクリとも動かない。
気が動転して2、3歩後ずさると、
その女の子から噴き出たのであろう、血だまりが地面に広がってくるのが見える。
--え? 死んじゃった? この子
この女の子は、どこから落ちてきた?
屋上から?
そう思い、将真は屋上を見上げる。
すると、
校舎の屋上には『喜孝の亡霊』が浮いており、将真を見下ろしていた。
その表情は・・・
不気味に笑っている。
将真は『喜孝の亡霊』から目が離せなかった。
--『喜孝の亡霊』が、この女の子を屋上から突き落とした?
でも亡霊は、人には触れられないはず。
じゃあ、どうして?
将真を見下ろす『喜孝の亡霊』は、
しばらく将真を見つめ、その生存を確認したのだろう。
《チッ》
そう舌打ちして、
フラリと姿を消してしまった。
将真はさっきまで『喜孝の亡霊』がいた屋上から、
ハッと気がついて、落ちてきた女の子に視線を戻す。
地面には、さっきよりひどく血だまりが広がっている。
女の子はピクリとも動かない。
将真は、先生を呼びに行こうと思った。
後ずさろうと思ったら、石につまずいて後ろ手に転んでしまった。
立ち上がろうと思うにも、足がガクガクして、力が入らない。
『目の前に、人が落ちてきた』
そしてそれは『喜孝の亡霊』が落としたのかもしれない。
もしかすると将真が『喜孝の亡霊』を無視し続けたから、『喜孝の亡霊』が起こしてしまった犯行なのかもしれない。
そんな憶測が、将真の胸の内を支配する。
--ぼくが無視し続けたから、この子が屋上から落とされちゃったのかな?
ぼくのせい?
ぼくのせいなのかな?
そんな想像をすると、怖くなった。
もしそれを、先生に問い詰められたら、どうしよう?
将真は、恐怖を感じた。
自責の念を強く感じた。
とにかく怖かった。
そうして気がつくとその場から走り去り、将真はそのまま家に帰って、現実から逃げていた。
◆◆◆◆◆
小学校4年生の女の子が、校舎の屋上から飛び降り自殺した。
そんなニュースが東京都の矢口市に広まる。
当然、学校は大パニックだ。
将真はあれから学校へ行くのが怖くなり、自室に籠ってガタガタと震えていた。
自分のせいで、人が死んでしまった。
将真は自責の念に、押し潰される。
それを見た両親は、不審に思う。
確かに学校の同級生が飛び降り自殺すれば、ショックも受けることだろう。
しかし、それにしては度が過ぎる。
それが原因で引きこもりになる程とは、通常であれば理解できない。
担任の先生も、心配して様子を見に来てくれた。
しかし将真は先生と、一切会おうとしない。
先生は、将真の両親に話をする。
学校の生徒の目撃情報からすると、飛び降り自殺があった現場に、将真がいたのかもしれないと。
・・・
・・・・・
先生が帰った後、将真の母は問いかける。
『例の飛び降り自殺と、将真は何か、関係があるのか?』と。
将真はずっと返答を拒否していたが、母親からの追及に、やっと重い口を開く。
「自分のせいだ・・・」と。
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